はじめに
近年、頻発する災害への対策として、個別避難計画の重要性が高まっています。しかし、計画の策定や管理が煩雑で、情報共有に時間がかかるという課題も。そこで注目されているのが、デジタル化による業務効率化です。この記事では、災害対策個別避難計画におけるデジタル化に焦点を当て、デジタル技術を活用した成功事例をご紹介します。導入のメリットや具体的な手順、成功させるためのポイントを解説し、皆様の自治体における災害対策強化の一助となれば幸いです。
なぜ今、個別避難計画のデジタル化が急務なのか?
近年、地震や豪雨などの自然災害が頻発しています。特に、高齢化が進むなかで、自力での避難が困難な「避難行動要支援者」への支援は、自治体にとっての課題です。これまで、個別避難計画の策定や管理は、紙やExcelといったアナログな手法で行われることが多く、計画の更新や関係者間での情報共有に多くの時間と労力がかかり、迅速な対応が難しいという限界がありました。
このような状況を踏まえ、2021年の災害対策基本法の改正では、市町村に個別避難計画の作成が努力義務として課されました。この法改正も背景となり、計画の実効性を高めるためにも、デジタル化の推進が不可欠となっています。個別避難計画のデジタル化は、情報のオンライン化・一元管理により、自治体の業務負荷を軽減し、災害発生時の迅速かつ効率的な避難支援を可能にします。デジタル化の具体的なメリットや導入事例について詳しく解説していきます。
深刻化する高齢化と担い手不足:紙ベースの限界
我が国では少子高齢化が進行しており、令和5年10月1日現在、65歳以上の高齢者人口は3,623万人に達し、総人口に占める割合(高齢化率)は29.1%となりました。将来的にこの割合はさらに上昇すると推計されています。これに伴い、災害発生時に支援が必要となる避難行動要支援者の増加も避けられない見込みです。
一方で、地域の防災・避難支援を支える民生委員や自主防災組織などの担い手は、高齢化が進み、その数が減少傾向にあります。限られた担い手にとって、増加する要支援者一人ひとりの個別避難計画を、従来の紙媒体や表計算ソフトで作成・管理することは大きな負担となっています。具体的には、以下のような問題が生じています。
・計画の情報更新が頻繁に行えない
・関係者間でのリアルタイムな情報共有が難しい
・災害発生時に必要な情報を迅速に探し出せない
このような紙ベースの運用がもたらす限界は、有事の際に、円滑な避難誘導や安否確認を妨げ、避難行動要支援者が適切なタイミングで安全な場所に避難できなくなるリスクを高めます。
災害時の迅速な情報共有
災害発生時に最も重要となるのが、避難行動要支援者の安否を迅速に確認し、その状況を関係者間で共有することです。従来の紙ベースの名簿や電話、FAXによる情報収集・伝達は、情報の錯綜や遅延を招きやすく、リアルタイムな状況把握が困難で、関係機関や地域の支援者間で情報共有の範囲が限定されるという課題もありました。
この課題を解決するために安否確認システムなどを導入すれば、要支援者の安否情報や避難状況をリアルタイムで集約し、関係機関が瞬時に正確な情報を共有できます。自動音声電話やAI、デジタルツールを活用して情報伝達・安否確認を効率化した事例があり、住民からの情報投稿と連携するチャットボットの活用例も見られます。
パソナでは、災害に備えて大切な家族を守る個別避難計画を、タブレットやスマートフォンなどのインターネット端末で簡単に作成・管理できるツール「個別避難計画DX」を提供しております。
デジタルの力で業務負担を軽減し、効率的な個別避難計画運用を実現します。
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個別避難計画のデジタル化を推進した自治体の成功事例
実際にデジタル技術を導入し、具体的な成果を上げている自治体の成功事例が多数報告されているので、具体的な事例を複数ご紹介します。これらの事例が、皆様の自治体におけるデジタル化推進のヒントや参考となれば幸いです。
熊本県八代市:「はちパス」で避難所情報をリアルタイム共有、QRコードで入退所管理
熊本県八代市は、令和2年7月豪雨の教訓を踏まえ、避難所運営の効率化と情報共有の迅速化を目指し、令和5年度に「はちパス(八代市スマート避難所システム)」を構築、令和6年度より運用を開始しました。このシステムは、大規模災害発生時に避難所における住民の入退出状況やニーズを迅速に把握することを主な目的としています。
「はちパス」の大きな特徴は、スマートフォンなどを活用したリアルタイムでの情報共有です。事前にシステムに登録した住民は、避難所でQRコードなどを提示することで、入退出手続きをスムーズに行えます。また、健康状態や必要な食事・支援物資などの情報をシステム上で報告することが可能であり、これらの情報は避難所運営者間で即座に共有されます。QRコードによる入退出管理は、受付時間を大幅に短縮し、手書きによる集計作業を削減するなど、業務効率化に大きく貢献しています。さらに、登録した近親者に避難所への入所情報を自動で通知する機能も備わっています。
このシステム導入により、避難行動要支援者を含む避難者の安否確認や状況把握が迅速かつ正確に行えるようになり、個別避難計画に基づく適切な支援につなげやすくなりました。
はちパスに関する詳細はこちらをご覧ください
石川県:ローコード開発で臨時アプリを作成、タブレットで避難所全体像を迅速把握
石川県では、令和6年能登半島地震の発生を受け、切迫した状況下での迅速な災害対応を目指し、ローコード開発ツールを活用した取り組みを進めました。県庁からの依頼を受けた民間企業の協力により、わずか3日間という短期間で、避難所情報を集約・可視化するための臨時アプリケーションを開発し、運用を開始しました。
この臨時アプリの主な機能は、各避難所からの情報を一元的に集約し、現在の状況をリアルタイムで把握できるようにすることです。最前線で活動していた自衛隊や災害派遣医療チームなどが持つ避難所データも統合することで、より網羅的な情報収集が可能となりました。また、市町職員が石川県防災情報システムへの登録状況を確認できる機能も備わっています。
開発されたアプリを通じて避難所の状況が「見える化」されたことで、県や市町の災害対策本部職員は、避難者数や必要な支援物資などの情報を迅速かつ正確に把握できるようになりました。これにより、避難所全体の状況把握が迅速化し、正確な情報に基づいた被災者支援の政策決定や適切な物資配分などが可能となり、災害対応の迅速化と効率化に大きく貢献しています。
ローコードツールを活用した事例の詳細はこちらをご覧ください
個別避難計画のデジタル化をスムーズに進めるためのステップ
個別避難計画のデジタル化は、単に新しいシステムやツールを導入すれば完了するものではありません。計画の策定・更新業務の効率化はもちろんのこと、災害時における要支援者の安全確保という最終目標を達成するためには、戦略的なアプローチが不可欠です。
各ステップをしっかりと踏むことで、実効性のある個別避難計画のデジタル化を実現し、より強固な災害対策体制を構築することを目指しましょう。
現状の課題分析と具体的な目標設定
個別避難計画のデジタル化を成功させるためには、まず現状の作成・運用プロセスにおける課題を正確に把握することが不可欠です。多くの自治体では、計画の作成や更新を紙やExcelなどのアナログ手法で行っており、これには膨大な時間と労力がかかっています。
現状の課題としては、主に以下の点が挙げられます。
・対象者の転居や健康状態の変化などに伴う情報更新が頻繁に行われず、最新の情報が維持できないこと
・災害発生時では紙ベースの情報は迅速に関係者間で共有、避難支援に活用することが難しいこと
これらの課題を踏まえ、デジタル化によって何を解決し、どのような状態を目指すのか、具体的な目標を設定することが重要です。例えば、計画作成や情報更新にかかる業務負荷を軽減する、災害発生時の安否確認時間を短縮するといった目標や、リアルタイムでの情報共有体制の構築、要支援者自身による情報更新を可能にすることによる自助意識の向上といった目標が考えられます。
目的に合ったツールの比較検討と選定基準
次に、現状の課題や、対象となる避難行動要支援者の特性、利用可能な予算、既存システムとの連携可否といった点を明確にする必要があります。これにより、必要な機能や仕様が具体的に見えてきます。個別避難計画のデジタル化に活用できるツールには、要支援者名簿のオンライン化や情報共有に特化したシステム、安否確認システム、地域住民や支援者とのコミュニケーションツールなど、さまざまなタイプが存在します。
ツールを選定する際は、機能の網羅性はもちろん、操作の容易さ、導入・運用にかかるコスト、重要な個人情報を扱う上でのセキュリティ対策、導入後のサポート体制などを総合的に比較検討することが不可欠です。また、他の防災関連システムとの連携性や、既に他自治体での導入実績があるかどうかも確認すべきポイントです。複数の候補製品がある場合は、資料請求に加えて、実際のデモンストレーションを見たり、可能であればトライアル利用したりして、現場での使い勝手を確認することを推奨します。
富士市の危機管理課より「有事の際のソリューションを検討したい」という要望にもとづき、パソナの「防災ヘルプサービス」を住民参加型の「避難訓練」で実証実験をおこなった事例をご紹介しております。ぜひご覧ください。
導入後の運用体制構築と継続的な改善サイクル
導入効果を継続的に発揮するためには、明確な運用体制の構築が不可欠です。具体的には、システムの管理・運用を担当する部署や責任者を定め、役割分担を明確にすることが求められます。また、システムを使いこなせるよう、関係職員や地域の支援者に対する定期的な研修を実施することも重要です。
導入したDXツールやシステムは、一度導入すれば万全というわけではありません。実運用を通じて明らかになる課題に対応し、より効果的に活用していくためには、継続的な改善サイクルを回すことが重要です。計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Action)のPDCAサイクルを適用し、システムや運用方法を定期的に見直します。DXツールは、このPDCAサイクルを加速させ、迅速な改善を支援するとも言われています。
さらに、実際に計画の対象となる住民の方々や、避難支援に携わる地域の関係機関から積極的にフィードバックを収集し、システムの機能改善や運用方法の見直しに活かす仕組みを作ることも大切です。災害発生時だけでなく、平常時からの計画の情報更新や、システムを活用した訓練などを通じて操作習熟度を高めること。そして、いざという時に円滑に機能する体制を構築することが、実効性のある個別避難計画の運用につながります。
個別避難計画のデジタル化推進で押さえておくべき注意点
個別避難計画のデジタル化推進において、避難行動要支援者の個人情報保護と厳重な情報セキュリティ対策は最も重要な課題です。機微な情報を扱うため、災害対策基本法に定められたルールにもとづき、常に適正な取り扱いを徹底する必要があります。さらに、異なるシステム間での連携やデータの標準化には技術的な課題が伴います。また、デジタル機器の利用に不慣れな住民への継続的なサポート体制も欠かせません。
個人情報保護と情報セキュリティ対策の徹底
個別避難計画のデジタル化を進める上で、避難行動要支援者の個人情報の適切な取り扱いは最も重要な課題となります。氏名、住所、病歴、障害の種類といった機微な個人情報をデジタルで一元管理する際には、情報漏洩や不正アクセスといったセキュリティリスクへの対策が不可欠です。万が一、これらの情報が流出した場合、対象者のプライバシー侵害、差別の助長、悪用など、深刻な被害を招く恐れがあります。
こうしたリスクを回避するためには、技術的・組織的な対策を徹底することが重要です。具体的な対策としては、以下のようなものがあります。
・技術的対策:情報へのアクセス権限の厳格な設定、データの暗号化、不正アクセス検知システムの導入
・組織的対策:システムを扱う職員への定期的なセキュリティ研修、システムの脆弱性を定期的に診断
また、個人情報保護法に加え、災害対策基本法には、避難行動要支援者名簿情報等の平時および災害時における関係者等への提供に関する特別法的な規定が置かれています。これらの関連法規を常に遵守し、個人情報を適正に取り扱うことは、住民からの信頼を得る上でも極めて重要です。
まとめ
個別避難計画のデジタル化は、一度システムを導入すれば完了するものではありません。法制度や技術は常に進化しており、継続的に最新情報を把握し、計画やシステムの運用に反映させていくことが必要です。
関連省庁のセミナーへの参加や、自治体間での情報交換などを通じて、法制度や技術に関する知識を常にアップデートし続ける姿勢が、実効性のある個別避難計画のデジタル化推進には不可欠と言えるでしょう。
今後の展望としては、AIやIoTといった最新技術の活用により、個人の健康状態やリスクに応じたパーソナライズされた避難支援が実現する可能性があります。自治体間の広域連携による災害対応能力の向上も期待されます。時代の変化に対応し、計画の実効性を高めていく必要があるでしょう。