事業環境の変化やIT技術の高度化に伴って、DX(デジタルトランスフォーメーション)による変革の重要性が高まっている。そのなかで、既存の業界の枠にとらわれずにDXを推進しているのが、損害保険ジャパン株式会社だ。同社は2021年4月にDX推進部を新設。全社員がデジタル活用を思考のベースとして捉えることで、顧客や社内、そして社会に対して新たな価値や品質を創造する風土の醸成を目指している。
損保ジャパンは社内でどのようにDXを推進し、未来の姿を描いているのか。同社で執行役員CDO・DX推進部長を務める村上明子氏と、パソナ DXテクノロジー本部長の大江修平が、DXにかける想いや展望を語り合った。
DXの真骨頂は、ビジネスモデルの変革にある
大江:村上さん、お忙しいなかお時間をいただきありがとうございます。お話しできるのを楽しみにしていました。
村上氏:こちらこそ。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
大江:早速ですが、損保ジャパンさんは保険の見積もり業務をはじめ社内全体でDXを加速させていらっしゃいます。今日はまず改めて、損保ジャパンさんとしてDXを推進する意義をどのように捉えているのか、お聞かせいただけますか?
村上氏:ありがとうございます。はじめに前提としてお伝えしたいのは「デジタル化」と「デジタルトランスフォーメーション」は別物である、という点です。紙を用いて手作業で行っていた業務をデジタルに置き換えるだけでなく、デジタルの力を活用して仕事の進め方やビジネス、そしてビジネスモデル全体を変革していく。これがDXの真髄と言えると思います。では今、なぜDXが求められているかというと、背景にはさまざまな社会課題があります。例えば、今後日本の労働人口が減少していくなかで、これまでと同様に業務を遂行することはできません。そのため、業務フローの効率化や生産性向上を図り、新たなビジネスの創出を進めるために、DXが求められているのだと思います。
村上 明子氏
損害保険ジャパン株式会社
執行役員CDO DX推進部長
大江:なるほど。パソナでもDXの推進が必要な背景には、さまざまな社会課題があると考えています。そこでデジタル技術を活用して、災害対策や温暖化対策など、社会課題の解決までの時間や労力を短縮するサービスの展開をこれまでに進めてきました。テクノロジーを活用することで、これまで不可能だったことが可能になる。つまり、デジタルの活用は人の価値を高めることにつながると考えています。
DX人材が、すベての土台に
村上氏:これまでDXに対する考え方についてお話しさせていただきましたが、損保ジャパンでは、DXを推進する上で最も大事なポイントは人材育成だと考えています。そこで現在は社員を3パターンに分けて育成を進めています。1パターン目は、データサイエンティストやエンジニアといったスキルセットを持つ「デジタル専門人材」です。彼らは、社内のDX推進部やIT部門、システム子会社に集結させています。
大江:1パターン目はとても想像がしやすいですね。他の2パターンはどのように定義されているのでしょうか?
村上氏:2パターン目は、デジタル技術を理解して企画を立案できる「デジタル企画人材」です。デジタル施策やデータを使った新しいビジネスを企画、実現できる人材がいてこそ、DXが機能するようになります。そして3パターン目は、全社員を対象とした「デジタル活用人材」です。一部の人材がどんなにDXの推進に注力したとしても、現場がデジタルに対して抵抗感を抱いていると、なかなかうまくいきません。デジタル時代に対応したスキルセットを20,000人以上の全社員が習得できてはじめて、現場でデジタルを活用することができるようになると考えています。
大江 修平
株式会社パソナ
DXテクノロジー本部長
大江:おっしゃるように、デジタル関連の基礎知識を習得することは必要ではあるもの、それだけではDXの推進は実現できませんよね。パソナでもこれからのDX人材には、プロジェクトを推進するための組織改革やプロジェクトマネジメントに関するビジネススキルが求められると考えています。ただ、これらすべてを兼ね備えた人材というよりは、それぞれの強みを生かしたチームを結成し、周りを巻き込みながら動くことが大切だと思います。
村上氏:社内の業務を理解している人材とデジタルスキルを持つ人材が、共に現状の課題解決に向けて試行錯誤し、提案をする。そうすることで、両者にスキルが身についていく点もメリットと言えると思います。
DXには変化への「適応」が必要
大江:DXの推進にあたって、損保ジャパンさんが人材育成以外に重視されていることはありますか?
村上氏:経営層がDXの重要性を理解しているかどうかは、大きな鍵になると思います。損保ジャパンでは、社内でDX推進に向けた取り組みを主導する人物が「DX or Die」、つまりはデジタルによる改革を早急に進めなければ変化に適応できずに滅んでしまう、というフレーズを一貫して唱えたことで、社内の意識改革が進んでいきました。DXの成果は短期間で現れるものではありません。長期的な視点で取り組むためにも、経営層の理解や発信は欠かせないと思います。
大江:DXを成功させるためには、経営層が各事業部門に対して、DXが経営戦略やビジョンの実現と紐づけられた形であることを明確にする必要があると。
村上氏:そうです。もちろん、システムの導入や変更には一時的な負荷も伴うため、現場から色々な意見が挙がったのは事実です。しかし今ではありがたいことに、私たちDX推進部に「こういう困りごとがあるのですが、何か解決方法はありますか?」「Chat GPT(対話型AI)を使ってこんなことはできますか?」という相談が自然と寄せられるようになり、自分ごととしてDXを捉える社員が増えています。また、チャットを利用して会議を効率的に進めるシーンも多くなり、仕事のスピード感の向上を肌で感じています。
人とテクノロジーを組み合わせ、社会課題の解決を目指す
大江:DXによる変革に向けてさまざまな取り組みを推進されている損保ジャパンさんですが、最後に、今後目指されている未来像について教えてください。
村上氏:損保ジャパンではDXを通じて、業務の効率化と事業創造の両輪を目指していきたいと考えています。業務の効率化はDXの一丁目一番地ですので、しっかりと取り組むことが欠かせません。その後、蓄積されたデータを元に事業を拡大し、売り方を変えていくなど、データを起点に新しいビジネスモデルを創造するという“データの価値創造サイクル”を回していく。DXに終わりはありませんから、常にトランスフォーメーションを続けていきたいですね。
大江:力強いお言葉をありがとうございます。こうして村上さんとお話しができたことで、私たちパソナグループも、人とテクノロジーを組み合わせることで社会の課題を解決し、新しいビジネスの創造を目指す、という気持ちを新たにすることができました。もちろん、DX推進に必要な人材育成や内製化支援、そして自治体のDXなどにも引き続き注力していきます。本日ありがとうございました。
村上氏:こちらこそ、貴重な機会をありがとうございました。