はじめに
近年、人事業務におけるデータ活用の重要性が増しています。しかし「何から始めれば良いかわからない」という声もよく聞かれます。
この記事では、明日から実践できるデータマネジメントの第一歩として、人事・労務のデータを活用した業務効率化の具体的な方法をご紹介します。データの収集、整理、分析、そして活用まで段階的に理解いただくことで、データドリブンな業務を実現するためのヒントにしていただけたら幸いです。
なぜ今「人事・労務のデータ活用」が重要視されるのか?
勘と経験に頼る人事からの脱却
従来、人事における重要な意思決定は、担当者の勘や経験に頼る場面が多く見られました。例えば、採用候補者の見極め、従業員の評価、最適な人材配置などが挙げられます。しかし、こうした主観的な判断は、担当者ごとの基準の違いによる「属人性」や、無意識の「バイアス」を生む可能性があり、結果として判断の「再現性」が低くなるといったリスクを伴います。
現代では、働き方が多様化し、組織課題も複雑化しています。このような状況下で、勘や経験だけに基づいた人事の進め方では、公平性を保つことや、変化に迅速に対応することが難しくなってきています。
そこで重要となるのが、データに基づいた客観的な意思決定です。データを活用することで、採用や評価におけるバイアスを軽減し、公平性を高めることができます。また、データ分析によって施策の効果を可視化できれば、より根拠のある迅速な判断が可能になります。データは、これまでの勘や経験を補完し、より精度の高い人事戦略を実行するための強力なツールとなり得るのです。
人的資本経営への注目と情報開示の要請
近年、企業価値を測る上で、財務情報に加え、人材を含む「人的資本」の重要性が増しています。特に、ESG投資の拡大や無形資産への注目が高まるなかで、人的資本経営という考え方が広まってきました。こうした背景に加え、日本では2023年1月31日に内閣府令が施行されたことにより、東京証券取引所の一般株式市場に上場する全ての企業に対し、有価証券報告書における人的資本に関する情報開示が義務付けられたことが、大きな契機となっています。
企業が人的資本に関する情報を開示することには、いくつかのメリットがあります。対外的には、企業価値の向上や投資家からの評価を高めることにつながるほか、ブランディング強化や採用活動における競争力の向上にも寄与します。
この義務化により、大手企業約4,000社が開示対象となり、人的資本に関する情報開示は単なる義務にとどまらず、企業戦略の一環として捉えられるようになっています。国内外において、情報開示を戦略的に進める企業の取り組みも活発化しており、データに基づいた人的資本の可視化と開示は、今後ますます重要性を増すでしょう。
多様化する働き方と従業員エンゲージメントの可視化
近年、リモートワークやフレックスタイム制、時短勤務など、働く時間や場所にとらわれない多様な働き方が急速に広がっています。企業はこうした変化に対応し、柔軟な働き方を導入することで、従業員の満足度向上や優秀な人材の確保を目指しています。
その一方で、こうした多様化は、従業員一人ひとりの状況や組織へのエンゲージメントを詳細に把握することを難しくするという側面も持ち合わせています。働く場所や時間が異なると、従来の対面を中心としたコミュニケーションだけでは、従業員が会社や仕事に対して抱く「貢献意欲」や「信頼・理解」といったエンゲージメントの変化に気づきにくくなります。
従業員エンゲージメントは、個々の意欲向上だけでなく、生産性向上や離職率の低下にもつながる重要な要素です。ある調査では、エンゲージメント向上に課題を感じている企業が7割を超えるという結果も出ており、多くの企業がその難しさに直面しています。
こうした課題を克服するために有効なのが、従業員エンゲージメントをデータとして収集・可視化することです。「エンゲージメントサーベイ」などを活用し、現状を客観的に把握することで、組織や個人の課題を明確化できます。データに基づいた可視化は、多様な働き方の中でも個々の従業員に寄り添った適切な施策を可能にし、従業員の満足度向上や組織全体の活性化に貢献します。
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【業務別】人事・労務におけるデータ活用の実践テーマ例
人事業務は、採用、配置、育成、評価、労務管理など多岐にわたります。これらの広範な領域において、データ活用は業務の効率化だけでなく、より戦略的な意思決定を行うための有効な手段となります。従業員一人ひとりのデータや組織全体のデータを分析することで、これまで見えにくかった課題や傾向を客観的に把握できるようになります。
具体的には、以下のような取り組みが挙げられます。
・採用業務における候補者の質を見極め、ミスマッチを防ぐ取り組み
・人材配置・育成における社員のスキルや適性の可視化
・労務管理における勤怠データからの働き方改善
・離職防止のための退職予兆の早期発見
それぞれの目的や期待できる効果は異なりますが、データに基づいたアプローチは、人的資本の価値を最大限に引き出すことにつながります。続く各見出しでは、これらの業務におけるデータ活用の具体的な実践例を詳しくご紹介します。
採用業務:採用候補者の質を見極め、ミスマッチを防止
採用活動は、企業の将来を左右する重要なプロセスです。しかし、入社後のミスマッチは早期離職やパフォーマンス低下につながる可能性があります。そこで、データ活用が有効です。応募者の属性データや適性検査結果、面接評価といった選考プロセスデータに加え、過去の入社者のパフォーマンスや定着率データを収集・分析することで、活躍する人材の傾向や、ミスマッチにつながるパターンを客観的に特定できます。
これにより、明確な採用基準の設定や、面接官の主観やバイアスを排除した公正な評価が可能になります。さらに、AIなどを活用したデータ分析は、候補者の潜在的な強みを発見したり、採用チャネルごとの効果を比較したりする上でも役立ちます。データに基づいた採用戦略は、より質の高いマッチングを実現し、採用精度を高めることにつながるでしょう。
人材配置・育成:社員のスキルや適性を可視化し、最適な配置を実現
社員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、組織全体のパフォーマンスを向上させるためには、データに基づいた人材配置と育成が不可欠です。社員のスキル、経験、保有資格、さらにはキャリア志向などをデータとして一元管理・可視化する手法として「スキルマップ」や「タレントマネジメントシステム」などが有効です。
これらのツールを活用することで、従業員の「強み」や「伸びしろ」が明確になり、個々の能力が最大限に活かせる部署やプロジェクトへの「適材適所」な配置が容易になります。また、データ分析を通じて社員全体のスキルギャップや育成ニーズを特定し、効果的な研修プログラムやキャリア開発プランを策定することも可能です。データに基づいた適切な人材配置と育成は、社員のモチベーション向上、パフォーマンス最大化、そして組織全体の生産性向上に大きく貢献します。
労務管理:勤怠・残業データから読み解く、働きやすい環境づくり
労務管理においては、従業員の勤怠データや残業時間のデータを収集・分析することが、労働実態を客観的に把握するために不可欠です。これにより、特定の部署やプロジェクトで慢性的な長時間労働が発生していないか、あるいは有給休暇の取得が進んでいない従業員がいないかなどを正確に把握できます。例えば、あるIT企業では、勤怠データを分析した結果、特定のプロジェクトチームで恒常的な長時間残業が確認され、その後の人員配置見直しやタスク管理ツールの導入につながった事例があります。
データに基づいたこうした改善策は、従業員の健康維持やワークライフバランスの向上に直接的に貢献します。結果として、従業員のエンゲージメントが高まり、組織全体の生産性向上にもつながるでしょう。また、時間外労働の上限規制(36協定など)を遵守するためにも、正確な勤怠データに基づいた管理は重要な基盤となります。データを活用することで、労務リスクを管理しつつ、より働きやすい環境づくりを実現できます。
離職防止:退職の予兆をデータから早期に発見し、対策を講じる
従業員の離職は、企業にとって新たな採用・教育コストの発生、引き継ぎによる一時的な生産性低下など、無視できない損失をもたらします。優秀な人材の流出は、組織全体の士気にも影響を与えかねません。そのため、離職を未然に防ぐことは、企業の持続的な成長にとって非常に重要です。
データ活用は、こうした離職リスクを早期に発見し、対策を講じる上で有効な手段となります。例えば、勤怠データから長時間労働の傾向を把握したり、エンゲージメントサーベイの結果から特定の組織や個人の満足度低下を把握したりすることが可能です。さらに、過去の退職者データと現在の従業員の属性、経歴、スキル、社内コミュニケーションツール利用状況などを組み合わせた分析は、退職の予兆を客観的に捉えることを可能にします。近年では、これらのデータをAIが学習し、数ヶ月以内の退職可能性を予測する取り組みも進んでいます。
人事データ活用を成功に導くための3つのポイント
ここまで、人事データ活用が注目される背景や、業務ごとの具体的な活用例を見てきました。では、実際に自社で人事データの活用を成功させるためには、どのような点に注意すれば良いのでしょうか。データに基づいた人事戦略を推進する上で、押さえておきたい重要なポイントが3つあります。
まず1つ目のポイントは「データ活用の目的を明確にし、最初は小さな範囲から始める(スモールスタート)」ことです。人事データ活用と一口に言っても、その目的は採用効率の向上、離職率の低減、人材配置の最適化など、多岐にわたります。全ての課題解決を最初から目指すのではなく、まずは「どのような課題を解決したいのか」「そのために必要なデータは何か」を明確に定義することが重要です。目的が定まったら、解決したい課題の中でも特に優先度が高く、データ活用の効果が見えやすいテーマを選び、小さなプロジェクトとしてデータ活用を開始します。
2つ目のポイントとして「必要なデータを効率的に収集し、一元的に管理・分析できるデータ収集・統合基盤を整備する」ことが挙げられます。人事関連のデータは、勤怠管理システム、人事評価システム、タレントマネジメントシステム、あるいはExcelファイルなど、社内のさまざまな場所に散在しているケースが少なくありません。これらのデータを横断的に分析するためには、必要なデータを効率的に収集し、統一された形式で一元的に管理できる基盤の構築が必要です。
3つ目のポイントは「データを読み解き、意思決定に活かすためのデータ分析スキルを持つ人材の育成やツールの導入・活用」です。データを集め、整理するだけでは、人事データ活用は成功しません。収集・統合したデータを適切に分析し、そこから得られるインサイトを読み解き、具体的な人事施策や経営判断につなげることが不可欠です。そのためには、データ分析の手法を理解し、ビジネス課題と結びつけて考えられる人材が必要となります。もし社内に専門的なスキルを持つ人材が不足している場合は、既存社員への研修によるスキルアップを図るか、データ分析を支援するツールの導入を検討しましょう。
これらの3つのポイントを意識することで、人事データ活用は単なる集計作業に終わらず、戦略的な人事活動の推進につながります。
まとめ:データに基づいた人事業務で、企業の成長を加速させよう
この記事では、人事・労務データ活用の重要性から、具体的な活用例、そして実践に向けたポイントまでを解説しました。従来の勘や経験に頼る人事から脱却し、人的資本経営の推進や多様化する働き方への対応、さらには情報開示の要請といった変化の時代において、データ活用は不可欠な取り組みとなりつつあります。
採用活動におけるミスマッチの防止、社員のスキル・適性に基づいた最適な配置・育成、勤怠データからの働きやすい環境づくり、退職予兆の早期発見といった具体的なデータ活用は、人事業務の効率化や高度化に貢献します。
人事・労務のデータ活用は、決して難しいことばかりではありません。まずは現状の人事課題を見つめ直し、活用できそうなデータからスモールスタートで分析を始めてみてはいかがでしょうか。データドリブンなアプローチを取り入れることで、貴社の人事業務はより戦略的になり、企業の成長をさらに加速させることができるでしょう。