はじめに
近年頻発している自然災害とその対策は、各自治体にとって喫緊の課題です。情報伝達の遅れ、避難誘導の難しさ、そして限られた資源での対策など、克服すべき点は少なくありません。本コラムでは、自治体における災害対策の現状と課題を整理し、デジタル時代に適応した新しい防災体制について考察します。具体的な解決策や先進事例が、より安全で安心な地域社会の実現を目指すためのヒントになれば幸いです。
自治体が直面する防災上の課題
近年、気候変動などの影響により、大規模な自然災害が全国各地で頻発し、その規模や性質は激甚化の一途をたどっています。このため、これまで培ってきた防災の知識や既存の体制だけでは対応が難しい状況が増えています。特に、人口構造の変化に伴う要支援者の増加、地域コミュニティの希薄化、自主防災組織の担い手不足など、社会構造の変化に起因する新たな課題も明らかになってきています。
こうした現状を踏まえ、自治体が具体的にどのような防災上の課題に直面しているのかを、さまざまな角度から詳しく掘り下げていきます。
情報収集・伝達の課題
災害発生時、自治体がまず直面するのが、被害状況を網羅的かつ迅速に把握することの困難さです。特に大規模災害発生初期には、電話や無線が混線したり、通信網が途絶したりすることで、現場からの正確な被害報告が滞るケースが少なくありません。
また、住民への情報伝達手段は多様化しており、以下のようなさまざまな方法が存在します。
・防災無線
・メール
・SNS
・スマートフォンアプリ
これらの手段を状況や対象者に応じて適切に使い分け、必要な情報を確実に届けることが大きな課題となっています。
さらに、デマや誤情報が瞬時に拡散しやすい現代においては、自治体が発信する正確な情報が埋もれてしまわないように工夫が必要です。加えて、消防や警察、自衛隊、ライフライン事業者などの関係機関とのリアルタイムな情報共有体制の構築も難しさを伴います。これらの機関とスムーズな情報連携ができないと、迅速かつ効果的な応急対策に支障をきたす可能性があります。
災害の複合化・広域化への対応
近年、地震や台風、豪雨、土砂災害などが連続的に、あるいは同時に発生する「複合災害」のリスクが高まっています。例えば、2024年1月の能登半島地震の後、記録的豪雨により土砂災害が拡大した事例は、地震が引き起こした地盤の緩みがその後の豪雨による被害を助長した複合災害の典型例と言えます。加えて、気候変動の影響により、これまで想定されていなかった地域での大規模災害や、被害が広範囲に及ぶ「広域化」の傾向も見られます。
このような複合化・広域化する災害に対して、一つの自治体だけでは十分に対応することが困難になっています。被災状況の全体像の把握や、必要な資源の確保・配分のためには、近隣自治体や関係機関との緊密な連携・協力体制の構築が喫緊の課題です。特に、被災地域から他の地域へ住民が避難する「広域避難」の必要性が高まる一方、避難経路の確保、情報共有の遅延、そして受け入れ側の避難所の確保・運営といった、新たな課題も顕在化しています。
マンパワー不足と業務効率化の課題
自治体の防災担当部署では、平時から限られた人員で多様な業務を担っているため、慢性的なマンパワー不足に陥りがちです。さらに、ひとたび災害が発生すれば、被害情報の収集、避難所の開設・運営、罹災証明書の発行といった通常業務に加え、膨大な量の対応業務が短期間に集中します。これにより、職員の負担は限界を超えてしまうことがあります。
また、防災に関する専門知識や過去の災害対応で得られた貴重な経験は、特定の職員に蓄積されやすく、異動や退職によってそのノウハウが途切れてしまうリスクも抱えています。
多くの自治体で今なお残る紙ベースでの情報管理や、電話・FAXといった手作業による連絡・集計業務も、災害発生時の迅速かつ正確な状況把握や意思決定を妨げる大きな要因となっています。こうしたアナログな業務プロセスは、貴重な人的リソースを非効率な作業に費やしてしまうだけでなく、情報伝達の遅延や人的ミスを引き起こす可能性があります。結果として、住民への適切な情報提供や必要な支援の提供に遅れが生じる危険性も抱えています。業務効率化は、限られたリソースで最大の効果を発揮するために不可欠な課題です。
避難行動の実効性確保
自治体は災害時に避難勧告や指示を発令しますが、住民が必ずしも速やかに避難行動に移るとは限りません。こうした状況の背景には、「避難バイアス」と呼ばれる課題や複数の心理的要因が影響しています。例えば、「自分だけは大丈夫だろう」と危機を過小評価する正常性バイアスや、周囲の人が避難しないから自分も避難しないという同調性バイアスなどが挙げられます。これらの心理に加え、避難に関する情報不足も住民の行動を遅らせる一因となります。
また、住民一人ひとりの状況(高齢、持病、ペットの有無など)に応じた具体的な避難計画の策定は難しく、その支援体制も十分とは言えません。さらに、避難場所の安全性、収容人数、設備に関する情報の不足、避難所運営におけるプライバシー確保や感染症対策、多様なニーズへの対応といった課題も、住民が避難をためらう要因となっています。
デジタル技術を活用した新しい防災体制
前章で明らかになった情報収集・伝達の課題やマンパワー不足、災害の激甚化・広域化といった複雑な問題に対し、従来の体制だけでは十分な対応が困難になりつつあります。ここで注目されるのが、デジタル技術を活用した「防災DX」の推進です。防災分野におけるデジタル化は、これらの課題を克服し、より迅速かつ効果的な防災体制を構築するために今、不可欠となっています。
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防災DXがもたらす変革
防災DXは、これまでの防災体制に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。デジタル技術を活用することで、災害発生時の情報共有の迅速化とリアルタイム化が実現できます。例えば、IoTセンサーによる水位や雨量のリアルタイム監視、ドローンによる被災地の迅速な状況把握などが可能になります。これにより、被害状況をいち早く正確に把握し、関係機関との情報共有プラットフォームを通じてタイムリーに伝達できるようになります。
また、AIや機械学習といった先端技術を活用することで、災害予測や被害想定の精度が飛躍的に向上します。過去のデータやリアルタイムに収集される情報を分析することで、より精緻なリスク評価や将来予測が可能となり、事前の対策立案に役立てられます。
住民への情報提供や避難誘導も最適化されます。防災アプリやLINE、AIチャットボットなどを通じて、住民一人ひとりの状況に応じたきめ細かな情報を迅速に届けたり、VRを活用したリアルな避難体験プログラムを提供したりすることも可能になります。
香川県善通寺市では、高齢者や情報弱者向けに戸別受信機「あんしんライト」を導入し、確実な情報伝達につなげています。さらに、災害関連業務プロセスの自動化や効率化が進むことで、限られた職員の負担が軽減され、本来注力すべき業務にリソースを振り分けられるようになります。
データドリブン型の防災対策
データドリブン型の防災対策とは、過去の災害データや気象情報、地形データに加え、リアルタイムに収集されるさまざまな情報を収集・分析し、それに基づいて意思決定を行うアプローチです。
具体的に活用される主な情報としては、以下のようなものが挙げられます。
・過去の災害データ
・気象情報
・地形データ
・河川水位
・SNS上の情報
・住民一人ひとりの状況(居住地、避難行動要支援者情報など)
これらの情報を収集・分析することで、災害発生時の状況を迅速かつ的確に把握することが可能になります。
さらに、AI技術を活用することで、これらのデータを統合的に分析し、より精緻な被害予測やシミュレーションが可能となります。これにより、経験や勘に頼る部分を補完し、事前対策や避難計画の精度を飛躍的に向上させることが期待されます。収集されたデータは、住民一人ひとりの状況に応じた最適な避難情報や支援情報を、プッシュ型で提供することも可能になります。
データに基づいた客観的な判断は、限られたリソースを最も効果的な場所に配分することを可能にし、迅速な救助活動や効率的な復旧・復興活動にもつながります。防災分野におけるデータ連携基盤の構築も進められており、これにより多様なデータを円滑に共有・活用できる体制が整備されつつあります。データ活用は、自治体の防災対応力を高める上で不可欠な要素と言えるでしょう。
これからの防災体制構築に向けて
これまでの防災課題やデジタル技術活用の可能性を踏まえると、これからの防災体制は、より持続可能で柔軟なものへと進化させていく必要があります。その核となるのが防災DXの推進です。防災DXを実現するためには、単なる技術導入にとどまらず、それを支える組織体制の見直しや、DXを担う専門人材の育成が不可欠です。
さらに、自治体だけでなく、地域住民や企業との「垣根を超えた」連携を強化することが、地域全体の防災力の底上げにつながり、より強靭な防災体制を構築するために極めて重要です。互いの知見やリソースを共有し、平時から協働体制を築くことが、将来起こりうる未知の災害にも迅速かつ的確に対応できる、実効性のある防災体制を目指す上での鍵となるでしょう。
まとめ:防災DXで実現する新しい防災体制
本コラムでは、激甚化・広域化する自然災害に対し、自治体が直面する多様な防災課題を整理し、その解決策として防災DXがもたらす変革について解説しました。情報収集・伝達の迅速化、災害の複合化・広域化への対応、慢性的なマンパワー不足、そして避難行動の実効性確保といった複雑な課題は、従来の防災体制だけでは乗り越えることが難しくなっています。
しかし、AIやIoT、クラウド、モバイル技術といったデジタル技術を活用する防災DXは、これらの課題克服に大きく貢献します。
例えば、IoTセンサーによるリアルタイムな状況把握や、AIによる精緻な被害予測、関係機関とのシームレスな情報共有基盤の構築などが可能となります。住民への情報伝達においても、防災アプリやLINEのようなツールを通じて、一人ひとりに最適化された情報を迅速に届けることができます。これにより、災害対応の初動や意思決定の迅速化、業務効率化による職員負担の軽減、そして住民の主体的な避難行動促進といった具体的なメリットが期待されます。
防災DXが目指すのは、単なるデジタルツールの導入にとどまらない、データドリブン型の新しい防災体制です。過去のデータとリアルタイムな情報を統合的に分析し、客観的な根拠に基づいた判断を行うことで、限られたリソースを最も効果的な対策に投入できるようになります。また、この新しい体制は持続可能である必要があります。そのためには、デジタル技術の運用・改善に加え、地域住民や企業といった多様な主体との「垣根を超えた」連携強化が欠かせません。住民参加型のVR避難体験や、企業が提供する先進技術の活用など、共助の精神に基づいた地域全体の防災力向上が、将来への備えとなります。
本コラムでご紹介した防災DXの可能性や具体的な事例が、自治体の皆様が直面する防災課題への新たなアプローチを検討し、より強靭で安心な地域社会を実現するための参考となれば幸いです。デジタル技術を賢く活用し、地域の実情に即した防災DXを積極的に推進していきましょう。