はじめに
東日本大震災から10年以上が経ちました。東日本大震災をきっかけに自社の防災対策を見直さなければならないと感じている企業担当者も多いのではないでしょうか。しかし、従業員の防災に対する意識を向上させることに苦戦したり、どのように防災対策を講じたら良いのかわからないと感じていたりする方も多いでしょう。今回は、防災DXの概念から、企業が防災に取り組む理由とその事例までご紹介します。
防災DXとは
皆さまご存じの通り、デジタル技術を用いて新たなビジネスを創出するだけでなく、企業風土の変革やレガシーシステムの脱却を進めるDXが、あらゆる企業で推進されています。相次ぐ災害発生に備えて、デジタル技術を取り入れて防災領域でもDXを推進させる取り組みを「防災DX」と呼びます。いつ発生するのか予測できない災害への備えとして、防災の観点から推進が急務とされています。
防災DXを推進させることにより、災害時のスムーズな情報連携、避難時の必要物資や医療の提供、復興に必要な支援などが実現できると言われています。防災DXを推進させるために、2022年12月にデジタル庁が地方自治体、各協議会、防災DXに関するデジタル技術を提供・検討している民間企業に参加を呼びかけ「防災DX官民共創協議会」が発足されました。防災DX官民共創協議会では「DX人材不足」「デジタルを活用した情報伝達手段の構築」「マンパワーを軽減できる事務処理の仕組み」などが防災DX推進における課題として挙げられています。この課題を解決するために、会員となる各社と地方自治体がどのように「防災DX」を推進すべきか日々検討され、追及しています。このように国をあげて「防災DX」は取り組まれているのです。
企業が防災対策に取り組まなければならない理由
企業防災とは?
企業が災害時に備え、取り組まなければならない防災対策のことを指します。2つの観点があり、1つ目は社員やお客さまの命を守り、被害を最小限に抑えることです。2つ目は、災害が発生したとしても事業を継続させるための対策を練ることです。
2011年の東日本大震災によって、東日本地域に住む方をはじめとする多くの方が被害に見舞われました。
企業においても事業を中断せざるを得ず、大手企業から中小企業に至るまであらゆる企業に大打撃を与えた災害となりました。この災害をきっかけに、従来の防災対策を見直すことにした企業は多いかと思います。
労働契約法(平成20年3月施行)の第5条には「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」とあります。これは企業が防災対策を怠り、従業員に万が一のことがあれば、安全配慮義務違反として罰せられるということです。従業員の命を守るための対策を講じることは、道徳的な観点だけではないことが言えます。
また、自社の社員やお客さまへの防災対策はもちろんのこと、万が一災害が発生したとしても、できるだけ事業を継続させるためにさまざまな備えが必要です。災害が発生した場合、予期しないことが多数起こり得ます。
自社が災害による被害がなかったとしても、自社に関係している協力会社や取引先企業などに被害があれば、自社の事業継続に影響を及ぼすことは明らかでしょう。どんなに対策を講じていたとしても、全てにおいてマニュアル通りにはいかないことが多いと予想されます。事業の減速を最小限に抑え、継続および復旧させるために、企業は「防災」について取り組む必要があるのです。
企業が綿密に防災対策を講じていても形骸化してしまうことは多々あります。また、少子高齢化が進み、避難すべき対象が増えているのも現状です。従来のアナログなやり方や、型にはまった防災対策ではなく、従業員の当事者意識を向上させ、本当の意味で災害時に活かせる防災対策を練る必要があります。そこで「企業防災」に関してもDXを掛け合わせデジタル技術を活用することで、災害時に最小限の体制であっても活用できる「企業防災×DX」の取り組みが現在非常に注目されています。
企業の防災対策
「企業防災×DX」の観点をもとに、企業は具体的にどのような対策を講じているのでしょうか。事例をご紹介します。
某IT企業
本企業では定期的な防災訓練を行っているものの、防災訓練の効果があまり感じられずにいました。そこで「災害時を想定してもっと真剣に取り組んでほしい」という思いから、自然災害を疑似体験することができる防災用VR・ARを活用した防災訓練を実施しました。防災用VR・ARは、火災や地震などの災害をバーチャル空間で体験することができます。煙に囲まれたり、ものが倒れてきたりする状況を作り出すことで、災害時の危険性を再現し体験することができるのです。これにより、通常行っている防災訓練より、従業員の防災対策に対する興味関心を引き出すことに成功しました。
株式会社大林組
建設業を営む株式会社大林組は、住民の避難や復旧活動に欠かせない主要幹線道路、鉄道をはじめとした交通網の復旧、被害を受けた施設の迅速な復旧などの重要な責務を担っており、事業継続計画(BCP)を策定して防災対策に取り組んでいます。その取り組みの一環として被害状況の情報収集・通信手段の整備・従業員の安否確認手段の整備を中心とした「総合防災情報システム」を構築しました。
総合防災情報システムは「事業中断・災害時の復旧費用を最小限にする」「企業価値を向上させる」ことにポイントを置いています。本システムにより、災害時の予想されるリスクを想定し、備えることが可能です。
例えば、総合防災情報システムの「地震被害予測システム」には、従業員および家族の居住地、同社施設、建築系施工物件などだけではなく、地盤情報、鉄道・河川・道路地図などの情報も搭載しています。災害時には、それらのデータと震源情報から計算された全国各地の震度分布、建物被害度、液状化危険度分布を組み合わせ、被害の全貌を早急に把握することができます。これにより、調査・復旧などの計画・立案に必要な情報を分析・提供することが可能になりました。
自治体の防災対策
防災対策は企業だけでなく、国や自治体でもさまざまな対策が練られています。今回は、名古屋市の事例をご紹介します。
名古屋市では、高齢者や障害者など避難支援が必要な「避難行動要支援者」と、避難支援をする「支援者」が、災害時にスムーズに避難できる体制づくりを検討していました。また、努力義務となった「個別避難計画」の作成・運用・管理方法についても課題を感じていました。
そこで、災害時に「避難行動要支援者」と「支援者」をマッチングさせたり、個別避難計画をデジタル化したりできる防災ヘルプサービスを知り、まずは防災ヘルプサービスの効果を体験するために実証実験を行いました。個別避難計画をもとに、実際の「避難行動要支援者」「支援者」「管理者(自治体)」が防災訓練として参加し、どのようにアプリが活用できるのか体験いただくことができました。実証実験を行うことで、災害時の利用イメージを明確にすることができ、地域の防災意識を向上させることに成功しました。
まとめ
いつ発生するのか予測のできない自然災害。今まで多くの企業担当者や自治体担当者の方がその対策を講じてきましたが、少子高齢化が進み避難支援すべき対象者が増えている現代では、人力だけで防災対策を行うには限界があります。
災害時であっても、効率的かつ迅速に避難支援・事業継続および復旧させるために「防災DX」を推進させることのメリットは大きいです。東日本大震災を教訓に、防災対策として「企業防災×DX」という有効的な対策方法を改めて考えてみるのはいかがでしょうか。