コラム
2023/11/1 更新

社員の認知行動プロセスを理解すれば、ストレスチェック受検率・産業医面談率は上げられる

多くの会社でストレスチェックの実施には、2つの大きな課題が付きまといます。ひとつは受検率の低さ。もう一つは、高ストレス者の産業医面談率の低さです。ストレスチェックは従業員に敬遠されがちで、産業医面談に関しては、ほぼ実施に至っていないという会社も少なくありません。なぜストレスチェック~産業医面談の一連の運用はスムーズに進まないのか。本稿では、まずストレスチェックが敬遠される理由を明らかにします。そして、複数あるそれらの理由を、ある認知行動プロセスをモデル化したフレームワークに落とし込み、受検や面談を阻む弊害を体系的に捉えます。最後に、それらの弊害に対して有効な具体策を紹介していきたいと思います。

 

 

 

ストレスチェックが敬遠される理由

令和3年度「ストレスチェック制度の効果検証に係る調査等事業報告書」(厚生労働省委託事業/みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社)では、ストレスチェックを受検しなかった理由が以下のようにまとめられています。

 

受検しなかった理由

自社においても、これらの未受検理由が原因で受検が遠のいていないか、ひとつずつ確認し、具体策を立てていくこともいいでしょう。しかしながら、もう一段、視点を引き上げ考察することで、より柔軟で自社に適した対策が起案できるようになります。

受検に至るまでの認知行動プロセスを理解する

視点を引き上げるため、ここでは上の図表98で示された未受検理由を、マーケティング分野で活用される「AIDMA」に照らし合わせて考えていきます。AIDMAとは、消費者の購買行動プロセスをモデル化したフレームワークです。従業員がストレスチェック受検に至るまでの認知行動プロセスも、実はAIDMAに落とし込むことができます。すると、個々の未受検理由がどの段階で発生し、うまく受検に至らないのか、時系列で把握することができます。つまり、ストレスチェックの実施に関して、そもそも従業員は【①知っていたか】どうか。知っていたが、【②受検の必要性は感じたか】どうか。受検の必要性は感じたが、【③受けたいと思ったか】どうか。受けたいとは思ったが、そのことを受検日まで【④覚えていたか】どうか。覚えてはいたが、実際に【⑤受けられる時間や適切な環境は確保できたか】どうか。以下の図のように整理することができます。

 

 

ストレスチェック受検に至る認知行動プロセス

 

この図のように整理することで、各段階における具体的な対策を検討するための5つの論点(1)~(5)が明らかになります。

ストレスチェック受検の弊害を解消するための5つの論点

なお、この5つの論点は、ストレスチェック後の産業医面談の実施率向上を図る際にも活用できる検討ポイントとなります。

それでは、(1)~(5)に対して、充分な答えとなる具体的対策を述べていきたいと思います。

5つの論点から起案するストレスチェックをスムーズに進める具体策

これから紹介する具体策は、人事担当者だけで実施可能なものもありますが、保健師など産業看護職と連携することで、より着実に、ストレスチェック~産業医面談の一連の運用を実現することができます。その意味では、運用をスムーズに進める前提として、健康相談窓口を設置することは最低限やっておくべきことと言えます。

(1)実施に対する認知不足をどう解消するか?

ストレスチェックは、一般的に衛生委員会などから形式的な周知のみで済まされることがほとんどです。毎年同じ文書で一斉通知される程度で、これでは充分な周知とは言えません。すべての従業員に確実に認知されるためには、できる限り告知量(告知場所、告知回数)を増やすことが重要です。従業員がよく使う場所(社員食堂、エントランス、掲示板など)や、よく目にするオンライン上の媒体(社内イントラ、社内報など)、さらには、よく接する人物(管理職、衛生管理者など)、影響力の高い人物(経営層、産業看護職、健康相談窓口スタッフなど)を通して、できる限り告知量を増やすよう努めましょう。

POINT

POINT

あなたの会社で、認知不足を解消するには、他にどんな方法があるでしょうか?

あなたの会社で、認知不足を解消するには、他にどんな方法があるでしょうか?

(2)どうやって受検の必要性を感じてもらうか?

従業員には受検の必要性を感じてもらわなければなりません。多くの場合、人は自分のメンタルの健康状態を疑うことがありません。普段通り仕事ができ、生活が送れていれば、特に気にしないのです。メンタル好調で問題なしと考える従業員にとって、「なぜ受検する必要があるのか?」という疑問が沸くのは当然です。これには、予防の観点で強いメッセージを打ち出すことが肝心です。メンタルの良不良は自分自身では気づきにくいこと、メンタル不調が重大な病気や業務過失に繋がる恐れがあること等、受検する意味を的確に伝えていきます。

POINT

POINT

あなたの会社で、ストレスチェックの必要性を感じてもらうには、他にどんなことができるでしょうか?

(3)どうやって「受けたい」と思ってもらうか?

先程の予防の観点から伝えるだけでは、「受けるべき」「受けなければならない」とは思ってもらえても、もっと前向きに「受けたい」という気持ちにはなってもらえません。ストレスチェックをポジティブに捉えてもらうことは、高い受検率の維持に繋がります。「受けたい」気持ちを喚起するためには、まず「受けたくない」気持ちを解消していくことが先決です。これには、ストレスチェックが会社に役立っている事実を、普段からしっかりと伝えておくことが大切です。具体的には、ストレスチェックのデータをもとに、保健師と連携して、職場改善ワークショップを企画したり、メンタル良好だった部署や組織に対する表彰制度を作ったり、またそれを好事例として全社展開するなど、会社への貢献が目に見える形でわかるようにします。ストレスチェックが社内で役立っていることが伝わり、表彰やインセンティブにも繋がるのであれば、受けたい気持ちを充分に喚起することができます。また、普段からこういった取り組みをしておけば、「ストレスチェック」という言葉自体に単純接触効果が得られ、馴染みある言葉として、抵抗感を和らげることができます。

POINT

POINT

あなたの会社で、ストレスチェックを「受けたい」と思ってもらうには、他にどんなことをすれば良いでしょうか?

あなたの会社で、ストレスチェックを「受けたい」と思ってもらうには、他にどんなことをすれば良いでしょうか?

(4)受検を忘れないようにどんなサポートができるか?

受検を忘れないようにしてもらう対策は、認知不足解消の項と重なりますが、まず告知量を増やすことが重要です。それから、受検期間中は、メールなどで受検者数や進捗率を定期的に知らせることもお勧めです。「全社員のうち、すでに85%の人が受検を終えています。」といった通知を送ります。受検期間の終了が迫っている時は、「終了まであと3日!」といったような通知を送ることも有効です。

POINT

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あなたの会社で、受検を忘れられないようにするために、他にどんなサポートができるでしょうか?

(5)受検時間確保の手助けや受検環境を整えるサポートはできないか?

従業員は常に多忙である前提で、サポートできることを考えていくべきです。ストレスチェック受検のための時間をいかに確保してもらうか。これには、まず実施時期を工夫することが得策です。全社的な繁忙期は必ず避けます。それ以外に部署毎に忙しい時期がある場合は、すべて考慮した上で、スケジューリングします。また、入社や異動が多いタイミングの前後2~3ヶ月も避けるべきです。実施後の集団分析結果は、部署毎に出るため、人員が変わってしまえば意味がありません。

また、本項では、産業医面談率アップのための「面談環境を整えるサポート」についても紹介しておきたいと思います。産業医面談の通知は、多くの場合、高ストレス者への一斉メールのみに留まっています。しかし、メールと同時に電話での案内も並行して実施すると良いでしょう。高ストレス者と判定された従業員は、不安や疑問で頭がいっぱいです。一人ひとりに個別に電話フォローしていくことで、従業員の不安は払拭され、行動に移してもらいやすくなります。ただし、電話をすることで高ストレス者と周囲にわかってしまうやり方は避けなければなりません。電話のタイミングには細心の注意を払います。保健師が実施者もしくは共同実施者になっていれば、ストレスチェックの結果を個別に確認することができ、より専門的で丁寧なフォローができるようになります。医療関係者の意見が第三者の立場から入ることは、従業員にとって、強い安心材料となります。また、「産業医面談は、周囲の目が気になる」という声もよく聞かれます。例えば、普段離席の少ない内勤者にとって、産業医面談で席を立つことは心理的なハードルが高いものです。できる限り自然な形で面談に臨めるよう、配慮することが肝心です。例えば、健康診断のタイミングを利用します。健診後に、まず保健師が全社員を対象にフォロー面談を実施すれば、高ストレス者だけが目立ってしまうことを回避できます。離席する表向きの理由ができるということです。そして、フォロー面談で保健師から産業医面談を案内してもらい、実施へと繋げて行きます。また、WEB面談で在宅時間に受けられるようにすることも良策です。

POINT

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あなたの会社で、受検時間を確保しやすくするためには、他にどんなサポートができるでしょうか?また、受検環境、面談環境を充実させるため、どんな対策や配慮があれば良いでしょうか?

あなたの会社で、受検時間を確保しやすくするためには、他にどんなサポートができるでしょうか?また、受検環境、面談環境を充実させるため、どんな対策や配慮があれば良いでしょうか?

まとめ

ストレスチェック~産業医面談の一連の流れの中で、受検率・面談率を上げるために出来ることはたくさんあるとご理解いただけたかと思います。これらの具体策はほんの一例です。それぞれの項の文末に記載したQを参考に、ぜひ自社の状況に適した対策を考えてみて下さい。

また、本稿で言及した健康相談窓口の設置は、ストレスチェックや産業医面談はもちろん、健康経営のあらゆる施策で成果をあげるために必要不可欠と言えます。そのキーマンとなるのが保健師です。以下のダウンロード資料では、健康相談窓口における保健師の活用事例をまとめています。ストレスチェックや高ストレス者対応に関して保健師ができることも詳しく紹介しています。本稿と併せて是非ご一読下さい。