健康経営に取り組んでいると、「こんなKPIの立て方でいいのだろうか?」と疑問がわいてきます。
本稿では、健康経営のKPI(指標)の立て方について、シンプルな3つのステップで解説し、わかりやすい教科書のようにまとめました。130社以上の健康経営コンサルティングを通じて見えた、健康経営を前進させる指標設定のポイントをお伝えいたします。健康経営の正しい指標設定とはどのようなものか、また設定した指標をPDCAサイクルにどう活かしていけばいいのか、これまでわからなかった部分が本稿でクリアになるはずです。
理解と整理がスムーズに進むよう、要点を最小限にしぼり、丁寧で簡潔な内容を心がけました。また、読了後すぐに、具体的な行動に移せるよう、チェックリストを各項の終わりに設けております。
以下のようなお悩みをお持ちの健康経営担当者の方は是非ご一読下さい。
- KPIをどんな指標にすればいいかわからない。
- 経産省のサンプルを参考に戦略マップを作ったが、形だけになってしまっている。
- そもそも指標が多すぎて、管理しきれない。
- 指標を置いてみたものの、数値が改善されなかった。
とくに、健康経営度調査票の回答を終えたこの時期は、「今年の結果を来期にどう繋げて行けばいいのか?」というお悩みも聞かれます。そういった方にも、役立つ内容となっています。
では、早速解説していきましょう!
1. 【STEP1】目指す姿を表す重要指標を設定する
健康経営のKPIを立てる上で、切っても切り離せないのが、戦略マップの作成です。戦略マップは、普段の施策と重要指標の関係をまとめ、ひとめで俯瞰的に理解できるように作っていきます。以下に、戦略マップのサンプルを載せました。
一般的に、健康経営のKPIとは、②のアウトカム指標、③のパフォーマンス指標、④のアウトプット指標のことを言います。これらの指標を立てていくためには、まず①の「(A)健康経営で解決したい経営課題」「(B)経営課題解決に繋がる健康課題」を立てる必要があります。つまり、健康経営の“目指す姿を表す重要指標”です。

ここは、多くの方が悩まれるポイントで、何を書けばいいかピンときません。そこで、健康経営担当者の方には、まずここで、“経営視点”になっていただきたいということです。健康経営は、“経営”という名がつく通り、担当者であろうとも、経営者の視点で考えていく必要があります。つまり、健康経営の取り組みを通じて、会社にどういうインパクトを与えたいのか、どんな未来を実現したいのかということを検討していきます。
しかしながら、担当者は、実際には社長や経営層ではありません。なので、担当者がやるべきことは、経営層の想いを言語化することになります。そのために一番よい方法は、経営層とのディスカッションの時間を設けることです。
会社には必ず、事業として目指す目標があります。例えば、売上目標や新しく参入したい分野などです。そして、これらを実現するために、どんな組織になるべきかという目標も、同時に設定されています。つまり “組織としてあるべき姿”です。これは組織体制の話だけではなく、その組織体制で事業を健全に進めていくために不可欠な従業員の健康状態も加味されるべきです。立派な組織を作ったとしても、一人ひとりが不健康では、思うような事業推進はできません。

だから、健康面において、従業員はどんな状態にあるべきか、また組織全体として、どんな健康風土であるべきか、担当者は経営層とのディスカッションから引き出していく必要があります。しかし、なかなかそういった機会を作ることは難しいものです。そこで、代わりにできることをあげたいと思います。
それは、自社ホームページに載せられているトップメッセージや経営理念、健康経営宣言などをじっくりと読み返してみることです。そこで、語られている内容を丁寧に解釈して、要素分解していけば、組織がどうありたいのかを理解することができます。
例えば、「従業員がイキイキと健康に働ける会社づくり」という健康宣言がされている場合を考えます。この場合、現時点では、「従業員がイキイキと健康に働ける会社づくり」ができていないからこそ、この宣言が出されているわけです。そう考えれば、このように問いを立てることができます。「では、イキイキと健康に働ける会社とは?」。具体的にどういう会社のことをさすのか、自社なりのありたい姿として、定義していきます。
「私たちの定義では、『イキイキと健康に働ける会社』とは、労働生産性が今よりも高く、離職率は今よりもっと低く、従業員の満足度は今より高い状態の会社です。」と言えれば、この段階では充分です。ここで導き出したいことは、自社が「イキイキと健康に働ける会社」かどうかを自己評価するために、どんな指標を測定すればいいかということです。ここでは、それが「労働生産性」「離職率」「従業員満足度」の3つであると定義しています。
重要なことは、経営理念や健康宣言に書かれてある文面が形骸化しないことです。言葉の定義を曖昧にせず、具体的にどういう状態を目指すのかを明らかにすることが、目指す姿を表す重要指標の設定となります。
- 社長や人事部門取締役など、経営層に直接インタビューしにいく。
- インタビュー機会が得られない場合は、経営理念や健康宣言を読み返す。
- 経営理念や健康宣言の言葉の定義をはっきりさせ、指標に落とし込む。
2. 【STEP2】目指す姿を実現する為の中間指標の設定&打ち出し
目指す姿を設定した後は、中間指標を設定していくステップに入っていきます。いよいよ健康経営の具体的なKPIである②アウトカム指標、③パフォーマンス指標、④アウトプット指標の設定です。
ここでよくある失敗は、どんな指標を立てているか、担当者や事務局だけが知っていることです。これでは、経営層や従業員を巻き込んでいくことはできません。また、「戦略マップにあるすべての指標を追いかけます!」と、そのまま全社アナウンスしてしまうことも問題です。意識すべき指標があり過ぎて、わかりづらくなります。だから、ここでは経営層や従業員が関心を持ちやすい指標にフォーカスして、社内アナウンスしていくことがおススメです。
経営層が関心を持ちやすいテーマとは?
経営層と従業員、それぞれに響くテーマは違います。経営層の場合、「この取り組みはちゃんと従業員に届いているのか?」「その結果、従業員は喜んでいるのか?」など、会社として良い方向へ進んでいるかということが気になります。経営者ですから当然ですね。例えば、「従業員の朝ごはんの摂取率が高まりました!」と報告されても、経営層は関心を持ちにくいものです。以下の図の左側に、経営層に響きやすいテーマをまとめました。

右側には、このような経営層からの問いに、定量的に答えられる指標をまとめてあります。
この中で、とくに「パフォーマンス」をどう指標として示せばいいか、多くの担当者が悩まれます。プレゼンティーズムやアブセンティーズムといった指標で示すこともよいのですが、いまいち経営層に伝わりづらいところがあります。もっと直感的に社内の反応をとらえることができる方法として、ここでは、定性的なアンケートをとることをおススメします。

健康づくりに取り組むことで、どんな良い影響があったか。複数回答可として、全社アンケートを実施します。この結果を経営層にレポートすれば、仕事にいい影響があったことを、スムーズに理解してもらえます。
従業員への打ち出し方で注意すべき2つのポイント
続いて、従業員への打ち出し方です。大切なポイントは2つで、①重点アクションを絞り、総合指標化すること、②その指標を改善していくべき理由(大義名分)も併せて発信することです。
例えば、「朝ごはんを食べましょう!」とか「運動しましょう!」など、とるべきアクションを個別に発信したとしても、せいぜいその日のその行動が変わる程度で、継続的かつ広範な行動変容にはつながりません。また、「健康づくりに取り組みましょう!」と漠然としたアナウンスでも、従業員は、具体的に何をすればいいか分からず、行動してくれません。
そこで、従業員への打ち出し方には、健康づくりの全体像を見せながらも、とるべき重点アクションを絞って伝えていくことが先決です。ずばり、おススメの方法は “インフォグラフィック”です。以下に例をあげたいと思います。

例えば、富士フィルムグループの場合、「7つの健康行動」として、重点アクションを絞り、それぞれをアイコン化することで、とてもわかりやすく発信しています。アフラック生命保険株式会社では、「KEEP IN FIT」というスローガンを掲げ、従業員がとるべき行動を、生活の流れにあわせて、シンプルに表現しています。このように従業員の目線に立って伝えることも大切です。住友化学株式会社では、一般的な健康行動だけでなく、ワークライフバランスやダイバーシティをあわせた形で、従業員にとるべき行動を示しています。
余談ですが、これらはSDGsのあの有名なインフォグラフィックに似ていますね。大勢の人の行動変容を一律に促していくには、重点アクションを絞って、まとめて発信するインフォグラフィックが常套テクニックと言えます。
取り組むべき理由もあわせて発信
また、従業員への打ち出し方では、「なぜ取り組む必要があるのか」という理由も、併せて発信することが重要です。
野村不動産ソリューションズ株式会社では、生活習慣リスク要因数という数値を定義して、毎年の健康診断で、基準範囲内、受診勧奨レベル、保健指導レベルにいるそれぞれの従業員に、リスク要因数がいくつあるかを見ています。これにより、受診勧奨レベル、保健指導レベルの従業員は、生活習慣リスク要因数が高いことがわかりました。(※下図左)

つまり、この相関関係を逆から考えれば、普段の健康診断で結果が良くても、生活習慣リスク要因数が高ければ、近い将来、保健指導レベルや受診勧奨レベルに入ってしまう可能性が高いと言えます。さらには、右のグラフでは、生活習慣リスク要因数が多いほど、プレゼンティーズムやアブセンティーズムが高くなることが確認できます。こういった定量的かつ論理的な根拠を見せ、健康づくりに取り組む理由を併せて発信していくことが重要です。
- 経営層が関心を持ちやすいテーマを指標化する。
- パフォーマンス指標には定性的な社員アンケートも活用しよう。
- 従業員へのアナウンスはインフォグラフィックでわかりやすく。
- 健康づくりに取り組む理由も併せて発信する。
- 理由のための根拠づくりは定量的・論理的に。
3. 【STEP3】指標改善に向けた施策の検討
さて、中間指標の設定と社内アナウンスの方法がわかれば、具体的な健康施策として、何をやるか決めていきます。ここで陥りやすいのが、単発で新しい取り組みを細切れのように実施してしまうことです。これはおススメできません。新しい取り組みには、それ相応に社内プロモーションのための工数がかかります。また、仮にたくさんの施策を実施できたとしても、まとまりがなく、健康経営の取り組みとして、認知されない可能性もあります。新しい取り組みは確かに重要ですが、毎年、同じ施策を継続的に実施していくことも大切です。
おススメのやり方は、2種類の施策を組み合わせる方法です。中長期的にみて、会社の健康風土を醸成する全社対象の骨太施策と、比較的に短期スパンで指標改善するためのターゲット別施策を組み合わせ、年間スケジュールを組んでいきましょう。

骨太施策には、例えば、会社全体で取り組むウォーキングイベントを年一回やることや、ウェルネス強化月間を設定し、社員みんなで一斉に健康施策に参加すること。また、全社員が参加必須の健康セミナーを開催することなど、必ず全社員を対象とした一大イベントとします。
こういった大きな施策が一つあると、このタイミングで、社内の健康に関する各種制度や福利厚生の告知、他の健康施策のアナウンスをできるメリットがあります。
ただし、骨太施策を年一回やるだけでは足りません。年一回のウォーキングイベントを骨太施策に置いたとしても、例えば20代の若手社員にとっては、大した運動にならず、継続的にその気になってもらうには難しいでしょう。一方で、若手社員の食事習慣が悪いとなると、そちらを改善できる別途施策を直接的に打つべきです。これが、ターゲット別施策をやる意味です。例えば、年代別、性別、職種別、役職別、健康診断の結果別など、いろいろなセグメントを設定し、適切な施策をターゲット別に実施していきます。
ここで、どうしても任意参加では巻き込めない社員が一定数出てきます。そういう場合は、なるべく仕組みの中に入れ込んでしまうことがおススメです。例えば、入社3年目までは保健師による全員面談を必ずやるという規定を作ったり、業務研修の中で健康づくりについて学ぶ機会を必ず入れ込んだりすることも有効です。また、社内でウェルネスリーダーを任命して、その方に中心となって、周囲の社員を巻き込んでいってもらうことも一つの策です。
- 健康風土を醸成する骨太施策を一つ作る。
- ターゲット別施策を実施し、確実な指標改善を狙っていく。
- 無関心社員に対しては、健康施策を会社の仕組みの中に入れ込み、巻き込んでいく。
4. まとめ
以上、健康経営の指標(KPI)の立て方と、そこからの健康施策への落とし込み方について、説明してきました。
大切なことは、KPI設定に入る前に、まず健康面における組織のあるべき姿を、具体的に突き詰めてイメージしていくことでした。そのために、経営層へのインタビューや健康宣言の読み返しが、まずやるべきこととなります。
中間指標の設定では、経営層に響くテーマと従業員に響くテーマで、分けて考えていくことが重要でした。また、従業員への健康目標の打ち出し方には、全体像が見え、かつ、わかりやすい発信方法として、インフォグラフィックを活用していくことをおススメしました。健康づくりに取り組む理由についても、発信していくことが重要です。論理的な根拠にもとづいて、なぜ取り組むべきなのかを従業員にきっちりと届けていきましょう。
具体的な健康施策の運用には、全社員対象の骨太施策とターゲット別施策の組み合わせ運用が効果を発揮します。どうしても動かない無関心社員には、すでに会社にある仕組みやルールに健康施策を入れ込んで、行動改善を促していきましょう。
ぜひステップ1~3のチェックリストを確認しながら、具体的なアクションに繋げていって頂ければと思います。
中間指標であるパフォーマンス指標の生活習慣をタイムリーに把握することが健康経営にとって必要不可欠ですが、既存の診断結果やアンケート等のデータの活用がうまくできないというお悩みを多くいただきます。弊社のライフスタイル調査サービスでは、社員のライフスタイル・労働生産性の取得・分析・活用をワンストップでサポートします。以下資料でよりサービスについて詳しくご紹介しておりますので、ぜひご覧くださいませ。
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ライフスタイル調査とは、健康経営で求められる指標を一括で把握・分析するサーベイです。全社および性年代・部門別に現状課題を把握し、それを踏まえた施策を検討することができます。また、経年で把握することで、健康経営施策の効果を検証できます。