現代社会における運動の意義・重要性を考える

シリーズの締めくくりとなる今回は、運動を実施することで身体以外にどのようなプラス作用があるのかいくつかご紹介します。
また、本コラムではこれまで運動の重要性について様々な観点から解説してきましたが、運動習慣を身につけることがいかに重要か、行動変容の大切さについてもお伝えします。

1.運動が人々の健康にもたらす効果とは?

「健康のために睡眠をしっかりとりましょう」「健康のためにバランスの取れた食事を心がけましょう」等、「健康」という言葉は日常の至る所で使われていますが、そもそも「健康」とはどういう状態を指すのでしょうか。

健康の語源は、中国の古典である「易経(えききょう)」の中に出てくる「健體康心(けんたいこうしん)」という言葉が語源とされています。意味は、「體(からだ)が健やかで、心が康(やす)らかであること」、つまり心と身体の両方が良好な状態にあることと言えます。

世界保健機関(WHO)の健康の定義でも、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」(参考文献:1)と言われています。

そう考えると、上記の要素をすべて満たしている「健康な人」というのは、かなり少ないのではないでしょうか。

人生を送るうえで人は、人間関係、仕事関係、病気等、様々な困難に直面することがあります。そうした課題を抱えながらも、心身ともに満たされた状態=健康を保つためには、日々の生活の中で仕事はもちろんのこと、余暇を充実させられるような趣味を持つことが解決策のひとつになるのではないでしょうか。

言い換えると、仕事とは別に活力源となる楽しみがなければ、本当の意味での健康が維持できなくなるといえるかもしれません。

人によって価値観が違うため、何をすれば心身を健やかに保つことができるのか、というのは一概に言えません。しかし、少なくとも運動・スポーツには、心の不安やストレス要素を軽減・解消させる効果があると研究によって認められています。

ある研究報告によると、身体活動量は不安症状の低減と関係があり、様々な運動強度(低~高)や実施頻度(実施回数)および運動の持続時間等が、不安に対して効果があるとされています。(参考文献:2)

また、特性不安(*)の低減は、運動を実施する期間と関係しており、16週間以上の運動と9週間以下の運動を比較した場合では、16週間以上運動を続けた方が、不安低減効果が高かったことも報告されています。(参考文献:3)

(*)特性不安とは、客観的には危険性が少ないと思われる様々な状況や物事を、脅威と感じる傾向のこと。例えば大事なテストや発表などを控えた前日に、そのことが気になって落ち着かないといった不安を指します。

つまり、ジョギング等の有酸素運動や、筋トレといったバラエティに富んだ運動を一定時間以上(上記の研究では最低でも21分間以上)、継続することで、精神を安定させる効果が高くなるのです。

もちろん、運動がすべての悩みを解決してくれるわけではありませんが、何もせず家でじっとしているよりは、身体を動かす方が不安解消には適していると言えるでしょう。そうした不安解消が、ひいては心身の健康につながっていくのではないでしょうか。

2.運動と睡眠の関係

続いて、睡眠と運動の関連性についてご紹介します。睡眠を取ることが、健康の維持・向上に必要不可欠なことは言うまでもなく、睡眠は、人が生きて行くうえでも非常に重要な役割を担っています。

人の睡眠は、乳幼児や昼寝習慣がある人を除けば、基本的には一日1回、一般的な例としては夜間に6~8時間程度の睡眠を取っています。
このような睡眠のとり方は、人以外の動物全般が一日に複数回睡眠を取っていることを考えると、ある意味特殊と言えるかもしれません。

誰でも経験はあると思いますが、睡眠不足の翌朝などには、眠気や身体のだるさを感じることがあるでしょう。一過性の睡眠不足であれば何ら問題はないのですが、慢性的な睡眠不足が続くと、身体に害を及ぼすようになります。例えば、高血圧の誘発や、免疫機能の低下による発がんリスクの増大、耐糖能異常(*)などがそうです。

(*)インスリンの機能低下等により、血中での糖の取り込みが悪くなること。

我々は毎日睡眠を取ることで、エネルギーの保存や体力・精神の回復を行っています。そして、身体活動やスポーツは大きなエネルギー消費を伴うものなので、それにより身体は疲労し、基本的には睡眠欲求を増大させることが考えられます。

一日中動き回って疲労した日の夜、ベッドに入ったとたん吸い込まれるように眠りにつき、翌朝まで1度も目覚めなかったという経験は、皆さんもよくあるのではないでしょうか。

ただし、運動自体は覚醒を促すものなので、覚醒作用を落ち着かせ、心地よく眠りにつくためには、運動後から一定の時間が必要となります。また、激しい運動によって引き起こされる筋の痛みやだるさ、あるいは試合の勝敗などによりもたらされる精神的な興奮も、睡眠を妨げることがあります。
つまり、運動の強度等によっても、睡眠の阻害になるケースもありえるのです。

また、運動以外に「体温」も睡眠に影響を及ぼします。身体には、深部体温(身体の内部温度)というものがあり、これは直腸内の温度が基準になっています。この深部体温の一日の変化は「深部体温リズム」と呼ばれており、朝6時頃から深部体温が上昇しはじめ、夕方の5時~6時頃にピークを迎えた後、徐々に下がっていくというリズムになっています。
つまり、「日中に行動して夜間に眠る」という人々の生活スタイルは、理に適っているといえるでしょう。

では運動をした場合、深部体温にどのような影響を与えるのでしょうか。一般的に運動の実施は体温を上昇させますが、深部体温が下がりはじめている夜間に強度の高い運動などを実施すると、下がっている深部体温をまた上げることになり、運動後に覚醒して眠れなくなってしまうこともあるでしょう。

ちなみに、直腸温の上昇が0.5℃程度であれば睡眠促進効果があるものの、それが1℃以上の上昇の場合、睡眠が妨げられることがあります。例えば、熱いお風呂に長く浸かった直後に寝ようと思っても、なかなか眠りにつけないのと同じような状況になるということです。

適度な運動は質の良い睡眠をもたらしますが、運動強度や運動を実施する時間帯によっては、睡眠の質にも悪影響を及ぼすケースがあるというのを知っておくとよいでしょう。

3.動く習慣を身に付ける

人として基本的な社会生活を送るためには、脳からの指令を受け止め、実行に移すための健康な身体が必要なことは言うまでもないでしょう。
特に五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)が正常に機能するということが大前提になりますが、そのうえである程度の心肺持久力や筋力などが維持できていないと、日常生活に支障をきたすことになります。

運動とは別の話ですが、ほとんどの方はある一定の年齢に達すると、白髪が出てきたり、老眼になったり、肌のシミやシワなどが増えていきます。
このような目に見える老化現象は、否が応にも「歳を取った」ということを自覚させるもので、多くの方はこれらの老化現象に対して、何らかの対処を行います。
例えば、白髪が増えてきたら毛染めを行ったり、女性であれば顔のシミやシワを少なくするための化粧品を使用したり、エステサロンに行ったり、改善を試みるケースが多いでしょう。

ところが、筋力や心肺持久力などの機能低下は外見上では分からないため、上記のような美容関連の変化に比べて、即座に対処することができません。しかも、やっかいなことに、体力は加齢とともに徐々に低下していくものなので、本人が気づきにくいのです。

「健康や体力維持のためには運動が大事」と分かっていても、日ごろから運動習慣がない方は、何かのきっかけがなければ、なかなか実行に移すことができないのが現状でしょう。
それには、人の行動を変えていく「行動変容」が必要になるわけですが、なぜ運動をしなければいけないのかということに対し、明確な目標を持つことが非常に重要になってきます。

例えば、歳を取ってもゴルフやテニスを続けたい、あるいは大好きな山登りをいつまでも楽しみたいなど、目標がある方は、目標達成の手段として筋トレなどの運動を実行することができるでしょう。

具体的な目標を立てづらい場合は、もし自分が高齢になった時のことを想像してみましょう。スムーズに立ったり、歩いたりすることが出来なくなったら、今の自分の活動範囲や生活パターンにどのような支障が出るのか、メモに書き出してみると良いでしょう。

例えば、「普段使用しているエスカレータやエレベータがメンテナンス中で階段を使わざるを得ない状況になった時、自力で移動できるのか」、あるいは「家庭内の大型家具(たんすや冷蔵庫など)を移動する時、筋力低下により動かせなくなったらどうするか」など、いろいろ思いつくと思います。

日ごろから運動習慣がない方は、今の自分にどのような運動が必要かを考え、それを「どうしたら実行に移すことができるか」を検討することをオススメします。そして、実行できたら、それを少しずつ継続していくことが大切です。そうすると、自分でも気づかないうちに運動が習慣になっているでしょう。

若い時にはなかなか実感しづらいですが、健康な身体を持っていることは、何よりも財産になります。「後悔先に立たず」にならないよう、ぜひ生活の中に上手に運動を取り入れてみてください。

まとめ

本コラムでは、12回に渡って運動の重要性についてご紹介してきました。運動習慣がない方にとっては耳が痛い話もあったかもしれませんが、仕事や遊びはもとより、基本的な日常生活を送るうえで、人は動かずに生活することはできません。

高齢になっても普通に買い物に行ったり、旅行を楽しんだりするためには、動ける時から運動に取り組み、身体を鍛えておく必要があります。

そして、出来るだけ早くそのことに気付いて、行動に移せるかどうかが、皆さんの将来にかかっています。世の中がどんどん便利になっていくなかで、何かと機械に頼ってしまいがちですが、運動習慣がない方はどんな運動でも良いので、まずは最初の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

【参考文献】

1. 公益社団法人 日本WHO協会「健康の定義について」
2. Dunn.A.L., Trivedi, M. H.,& O’Neal,H.A. (2001)
    Physical activity dose-response effects on outcomes of depression and anxiety.
    Medicine and Science in Sports and Exercise 33 : S587-597.
3.Petruzzelo, S. J., Landers, D.M., Hatfield, B. D., kubitz, K. A., & Salazar, W. (1991) A meta-analysis on the anxiety-reducing effects of acute and chronic exercise: Outcomes and mechanisms. Sports Medicine 11:143-82

特定非営利活動法人 NSCAジャパン 沿革

1991年4月1日 NSCAジャパン設立。顧問に寬仁親王殿下、理事長に窪田登氏(早稲田大学名誉教授)就任。
1993年 NSCAジャパンにて英語で1回目のCSCS認定試験を開始。
1994年 会員向け機関誌『NSCAジャパン・ジャーナル』を創刊。
1995年 日本語でのNSCA-CPT試験を開始。
1999年 日本語でのCSCS試験を開始。
2001年 NSCAジャパン会員が1,000名を超え、東京都へNPO法人としての活動開始。
2016年 設立25周年を迎え、NSCAの第5回国際カンファレンスを日本(幕張メッセ)にて開催。
2017年 専用施設「NSCAジャパンHuman Performance Center」を千葉県流山市に開業。

ライタープロフィール

特定非営利活動法人 NSCAジャパン
ヒューマンパフォーマンスセンター マネージャー
木須 久智 (きす ひさとも)

筑波大学大学院体育研究科修了、専門は運動生化学。「レジスタンス運動における内分泌応答と眼圧の関係について研究を行う」。修了後は医療福祉系専門学校の非常勤講師およびフリーランスのパーソナルトレーナーとして活動。2009年4月にNSCAジャパン事務局に入局、同事務局では試験、会員管理、広報等、各部署を担当し、2017年4月からNSCAジャパンヒューマンパフォーマンスセンターの施設長を務める。
資格:CSCS, NSCA-CPT
一言:筋トレを通じて健全なココロとカラダを手に入れましょう!

トレーナープロフィール

特定非営利活動法人 NSCAジャパン
ヒューマンパフォーマンスセンター ディレクター
ヘッドS&Cコーチ
吉田 直人 (よしだ なおと)

中央大学経済学部卒業後、一度は金融業に就職するも、トレーナーの道を選ぶ。ウイダートレーニングラボヘッドS&Cコーチとして、育成年代からプロ選手まであらゆる競技のアスリートを指導したほか、ビーチバレーの草野選手や、ミス・ユニバース・ジャパンのモデルらの身体作りにも従事。その後、ジャパンラグビートップリーグHonda HEATヘッドS&Cコーチとして5年間従事し、2017年4月よりNSCAジャパンヒューマンパフォーマンセンターヘッドS&Cコーチを務める。
資格:CSCS,NSCA-CPT

【関連記事】