高齢者の生活機能向上を考える

昨今、高齢者の「健康寿命の延伸」を目的とした取り組みが、各自治体や民間のフィットネスクラブ等で盛んに行われています。「生涯現役」として活躍する高齢者が増えるなかで、今後は高齢者の「動ける身体作り」が喫緊の課題になってくるかもしれません。そこで今回は、高齢者の身体の使い方の特徴に触れつつ、生活機能向上のために推奨される運動等についてご紹介します。

高齢者の生活機能向上に関するポイント

30代~40代ぐらいのうちは、運動しても「少し疲れが取れにくくなってきたな」と感じるぐらいですが、50歳、60歳ともなれば誰もが体力の衰えを実感するようになります。
そして70歳、80歳以上となると、体力の低下に加え、腰痛や膝痛といった整形外科的疾患の問題等も比較的多くなってきます。

怪我や病気もつらいですが、一番困ることは、普通に歩けなくなることではないでしょうか。
若い時はなかなか気がつかないものですが、歳を取っても普通に歩けるということは非常に重要な意味を持っています。それは単に「身体的に健康である」ということだけでなく、日常生活における身の回りのことを自分で出来る、「私はまだ大丈夫」という精神的余裕につながるからです。
「歩く」という事は、外出の際はもちろん、家庭内におけるトイレ、風呂、食事、その他の雑事を含むすべての行動の基本になります。

したがって、歩行に支障をきたすようになると、活動範囲を狭めてしまうだけでなく、外出先では「他人に迷惑をかけないように」という気持ちが強くなり、精神的な余裕がなくなってしまいがちです。
例えば、旅行に行きたいと思っていても、足腰が弱っていると「旅行先で何か不都合が起こるといやだな」と考えてしまいます。そうなると、心から旅行を楽しめなくなるでしょう。

高齢者の生活機能を向上させるということは、身体機能の向上だけにとどまらず、健康的な精神(心の安定)を維持する上でも、非常に重要な意味を持っています。
そして、生活機能を向上させるにあたって、第一に考えなければならないことが歩行能力の向上です。

1.歩き方で分かる老化の度合い

加齢による身体の変化は、歩行時の動作と姿勢に現れます。
先月(12月号)のコラムでも少しご紹介していますが、運動習慣がなく、身体活動量が少ない人は、加齢に伴って腹直筋、広背筋、大殿筋等、いわゆる抗重力筋(*)と呼ばれる筋肉が減少していきます。

(*)抗重力筋とは、重力に抗って立位姿勢を保持するために機能する筋肉のこと。

我々は、常に一定の重力を受けて生活しています。10代~20代の若者であれば筋肉に張りがあるので、特別運動をしなくても筋肉が弛んでくることは比較的少ないのですが、中高年以上で、日ごろから運動習慣がない人は、例外なく筋肉が弛んできます。

厳密に言うと、加齢に伴い身体の筋量が減少する一方で、体脂肪は増加しているため、余ったお肉が重力に逆らえずに下方に下がってくるということです。こうなると美容的にもよくないのは当然ですが、困ったことに機能的な問題も出てくるのです。

腹直筋や脊柱起立筋、広背筋等は、背骨を前後から挟み、上体をサポートする役目があります。そのため、これらの筋肉が減少すると腰が曲がり、少なからず歩行姿勢にも影響が出てきます。
また、ほとんどの高齢者は筋量の減少とともに、身体各部の柔軟性も低下しています。

一般的な高齢者の立っている姿勢を横からみると、上半身は前かがみで骨盤は後傾し、膝を少し曲げた状態で立つ傾向にあります。また、歩き方の特徴としては、上記のような姿勢で肘下だけを振って歩く傾向がみられます。

人の歩行には歩幅、歩行速度、歩行周期等のいくつかの変数がありますが、歩行速度や歩幅に関しては、加齢に伴って減少していくことが多くの研究によって報告されています。(参考文献:1,2,3)

また、加齢に伴い足腰の筋量が減少してくると、足を前後に大きく開いて歩くことが難しくなってきます。その一方で、足幅(前後ではなく左右の幅)は広くなります。
足を大きく踏み出すということは、短い歩幅に比べて「片足で自身の体重を支える時間が長くなる」ということなので、脚の筋量が低下した高齢者には難しい動作になるのです。

2.歩行と大腰筋の関係

関節の変形等によって歩行に支障をきたしている場合を除き、歩行機能に影響を及ぼす大きな要因の一つとして「筋力の低下」が挙げられます。

では、どの部分の筋力が低下することで、歩行機能に影響が出るのでしょう。

実は、歩行動作には「大腰筋」という筋肉が大きく関わっていることが明らかにされています。

大腰筋は、背骨(腰椎部分)から大腿骨にまたがって付着している深層にある筋肉で、股関節を屈曲させたり、股関節を外旋(真っすぐ立った状態から、膝や足先を外側に開くような動作)させたりする機能があります。

日常生活では、歩行時に脚を一歩前に踏み出したり、階段を昇るため太ももを持ち上げたりする際に、大腰筋が使われます。

そのため、デスクワーク中心の生活を送っている人や、運動習慣がない人は、大腰筋がどんどん小さくなっていってしまいます。

一方、身体活動量が高いと思われる農業や製造業従事者は、大腰筋横断面積が、その他の職業に比べて大きいという報告があります。(参考文献:4)
また、70歳~80歳代の被験者の大腰筋の減少率を、大腿部のその他の筋群と比較した研究では、20歳代の被験者に比べ、30%~40%も減少したという報告があります。さらに、女性の70歳代前半では20歳代の被験者に比べて48.3%、70歳代後半では46.6%とほぼ半減に近い大腰筋の減少率が報告されています。(参考文献:4)

つまり、大腰筋は他の筋群に比べて加齢による影響を受けやすい筋肉であり、この筋肉を鍛えることで、歩行機能が改善し、ひいてはそれが生活機能の向上につながると考えられます。

3.高齢者の生活機能を向上させる運動を考える

では、大腰筋を鍛えるには、どのような運動が良いのでしょうか。

前回12月号のコラムで、「加齢ともに筋肉の速筋線維(収縮速度が速く力も強い筋線維)の方が早く減少していく」という点について触れましたが、ある報告によると、身体活動量が量的に多くても、高齢者の筋量が維持されないという報告があります。その研究によると、平均で月間200km以上ジョギングを行っている60歳以上の方を対象に筋生検(*)を行ったところ、速筋線維の選択的減少の度合いについては、同世代のコントロール群(対照群)とほぼ同様であったという結果が出ています。(参考文献:5)

(*)人体から筋線維組織の小切片を採取して筋肉組織の状態を検査する方法

つまり、これらの結果は持久的な運動量を増やしても高齢者の速筋線維の減少を抑えるのは難しいということを示しており、速筋線維の減少を防ぐためには、高齢者であっても身体に負荷をかけるトレーニングが必要であることを示しているといえるでしょう。

日常生活で力を発揮する機会は至るところにあります。

また、その必要性も非常に高いことから、元気な高齢者は有酸素運動だけでなく、筋トレを積極的に取り入れることで、生活機能を大きく向上させることが可能だと考えられます。

前述のとおり、大腰筋には脚(太もも)を引き上げるという機能がありますが、大腰筋が萎縮してしまうと、脚(太もも)の引き上げが不十分になり、すり足になってしまいます。すり足になると、ちょっとした段差や平地でもつまずきやすくなり、転倒の危険性が高くなります。
高齢者の多くは骨密度が低下していることが多いので、ちょっとした転倒でも簡単に骨折してしまうのです。さらに怖いのは、股関節周辺で骨折が起こった場合、それが寝たきりの原因になってしまうようなケースもあります。
寝たきりになって不活動な時間が長くなると、骨に含まれるカルシウムや筋肉の減少を招くだけでなく、心肺機能までも低下します。このように、転倒や寝たきり予防のためにも、日ごろから「足腰を鍛える」ということが非常に重要になってくるのです。

高齢者が足腰を鍛える方法として、普段の生活動作の中で行われる動きに近い、筋トレを計画的に行うことが推奨されます。

例えば、椅子に腰かけた状態から立つときや、床にあぐらをかいている(正座でも同じ)状態から片足をついて立ち上がる時、あるいは階段を昇る時等は、スクワットと同じような筋肉の使い方をします。

一日の自分の行動をじっくり観察すると、日ごろから運動習慣のない人は、毎日限られた動きしかしていないことに気付くと思います。そういう人は身体が硬くなっているので、まずは身体全体を使って、関節可動域を広げる(ラジオ体操のような軽い運動やストレッチ等を行う)ことから始めると良いでしょう。

そして、体操やストレッチ等で身体をほぐしてから、自重(自分の体重を使った)スクワットや、全身の筋を使う筋トレ種目を取り入れるようにしていきます。しっかりとした動作でエクササイズができるようになってきたら、ダンベル等の負荷を使用して、少しずつ強度を上げてみましょう。このような筋トレを継続して行うことで、徐々に筋力も向上し、ひいては生活機能の改善に大きく貢献してくれるでしょう。

まとめ

高齢者の生活機能を向上させるには、まずは普通に歩けることが大前提になります。
そのためには、歩行のための重要な役割を担う「大腰筋」を鍛えることが、非常に重要になってきます。高齢者の皆さんには、ぜひそれを意識して日々の生活を送っていただきたいと思います。

また、高齢者の場合、偏った運動ではなく、筋トレやウォーキング等、バランスの取れた運動を実施することが大切です。本文でも触れていますが、特に速筋線維の選択的減少を抑えるためには、筋トレが必須となります。高齢者の生活機能向上のためには、筋量を増やし筋力を向上させることが重要課題となり、特に「足腰の筋力の強化が、高齢者の生活機能の向上につながる」ということを覚えておきましょう。

【参考文献】

  1. Murray M.P et al:Walking patterns in healthy old men. Journal of Gerontology. April;24(2):169-178,1969
  2. Cunningham DA et al:Determinants of self-selected walking pace across ages 19 to 66. Journal of Gerontology Sep;37(5):560-564, 1982
  3. 金子公宥:高齢者の歩行運動. Jpn. J. Sports Sci. 10, 729-733, 1991
  4. 久野譜也:大腰筋の筋横断面積と疾走能力及び歩行能力の関係 バイオメカニズム学会誌, Vol. 24, No.3, P.148-152 (2000)
  5. Kuno, S., Itai, Y., Katsuta, S.; Influence of endurance training on muscle metabolism during exercise in elderly men. Adv. Exerc.Sports.Physiol., 1(1), 51-56, 1994

特定非営利活動法人 NSCAジャパン 沿革

1991年4月1日 NSCAジャパン設立。顧問に寬仁親王殿下、理事長に窪田登氏(早稲田大学名誉教授)就任。
1993年 NSCAジャパンにて英語で1回目のCSCS認定試験を開始。
1994年 会員向け機関誌『NSCAジャパン・ジャーナル』を創刊。
1995年 日本語でのNSCA-CPT試験を開始。
1999年 日本語でのCSCS試験を開始。
2001年 NSCAジャパン会員が1,000名を超え、東京都へNPO法人としての活動開始。
2016年 設立25周年を迎え、NSCAの第5回国際カンファレンスを日本(幕張メッセ)にて開催。
2017年 専用施設「NSCAジャパンHuman Performance Center」を千葉県流山市に開業。

ライタープロフィール

特定非営利活動法人 NSCAジャパン
ヒューマンパフォーマンスセンター マネージャー
木須 久智 (きす ひさとも)

筑波大学大学院体育研究科修了、専門は運動生化学。「レジスタンス運動における内分泌応答と眼圧の関係について研究を行う」。修了後は医療福祉系専門学校の非常勤講師およびフリーランスのパーソナルトレーナーとして活動。2009年4月にNSCAジャパン事務局に入局、同事務局では試験、会員管理、広報等、各部署を担当し、2017年4月からNSCAジャパンヒューマンパフォーマンスセンターの施設長を務める。
資格:CSCS, NSCA-CPT
一言:筋トレを通じて健全なココロとカラダを手に入れましょう!

トレーナープロフィール

特定非営利活動法人 NSCAジャパン
ヒューマンパフォーマンスセンター ディレクター
ヘッドS&Cコーチ
吉田 直人 (よしだ なおと)

中央大学経済学部卒業後、一度は金融業に就職するも、トレーナーの道を選ぶ。ウイダートレーニングラボヘッドS&Cコーチとして、育成年代からプロ選手まであらゆる競技のアスリートを指導したほか、ビーチバレーの草野選手や、ミス・ユニバース・ジャパンのモデルらの身体作りにも従事。その後、ジャパンラグビートップリーグHonda HEATヘッドS&Cコーチとして5年間従事し、2017年4月よりNSCAジャパンヒューマンパフォーマンセンターヘッドS&Cコーチを務める。
資格:CSCS,NSCA-CPT

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