ストレスに対する身体の反応について

適度な運動は健康の維持・向上に欠かせないものとして広く認識されていますが、自分の体力以上の運動は、かえって逆効果になります。運動も身体的ストレスの一つですが、今回はストレスを受けた時、我々の身体はどのような反応をするのか見ていきたいと思います。

ストレスについて

皆さんは「ストレス」という言葉に対してどのようなイメージをお持ちでしょう。

一般的には、ストレスとは「精神的緊張をはじめとした心身に対する負荷」を意味します。そのため、ストレスという言葉に対してあまり良い印象をお持ちでない方が多いと思いますが、実はストレスにもEustress(良いストレス)、Distress(悪いストレス)の2つの種類があります。

同じストレスでも人によって感じ方は異なるため、EustressとDistressの違いを明確に定義することはできないのですが、少なくともEustressは自分にとって有害なストレス因子ではないといえるでしょう。Eustressは「心地よい程度の制御可能なストレスであり、生体の心理的身体的な成長と発達に寄与するストレスである」とされています。

例えば、健康のために行うウォーキングや、語学力向上のための英会話学習等、自らを向上させるために課した課題等はEustressにあてはまるのではないでしょうか。

一方、Distressは、本人にとって有害で不快に感じるストレスで、精神的にも肉体的にも苦痛を伴うものがこれにあてはまります。

我々の身体はある事象をストレスと感じた時、様々なストレスホルモンを分泌します。(ちなみに、ストレスを引き起こす物理的・精神的因子のことを『ストレッサー』と呼びます)このストレスホルモンが過剰に分泌され、かつ継続的になると、身体各部に様々な悪影響を及ぼすようになります。

では、我々の身体はストレスを受けるとどのような反応を示すのか、詳しく見ていきましょう。

1.キャノンとセリエ

ストレスという言葉は、元々は物理学用語でした。この用語を医学の世界に持ち込んだのは、米国の生理学者ウォルター・キャノン(Walter Bradford Cannon, 1872-1945)と、カナダの内分泌学者ハンス・セリエ(Hans Selye, 1907-1982)という研究者です。

彼らの研究によって、ストレス刺激に対する多様な生体の反応には、交感神経-副腎髄質系と副腎皮質ホルモンの2種類が関与していることが明らかになりました。

副腎は腎臓の上にある小さな臓器で、副腎皮質(ふくじんひしつ)と副腎髄質(ふくじんずいしつ)からなります。交感神経系-副腎髄質系が活性化すると、副腎髄質からはアドレナリン、ノルアドレナリンが血中に分泌され、心拍数、血圧の上昇等がおこります。
一方、副腎皮質からは、副腎皮質ホルモンとして、アルドステロン、コルチゾール、アンドロゲン(男性ホルモンのひとつ)等、生理活性をもつ7種類のステロイドホルモンが放出されます。

なお、詳細は後述しますが、副腎は闘争-逃避反応において、非常に重要な役割を果たしています。副腎皮質と髄質系は両方ともストレスを受けた時に反応しますが、副腎髄質は神経系によって刺激されるため応答が速く、一方の副腎皮質は脳下垂体前葉から放出される副腎皮質刺激ホルモン(ACTH: Adrenocorticotropic Hormone)に刺激されるため、交感神経-副腎髄質系よりも応答が遅くなります。

ちなみに、物理学の世界では、ストレス(stress)は力よって生じる抵抗力=応力を意味します。例えば、ある物体に外力を加えると応力が生じ歪み(形状や体積の変化等)が起こりますが、キャノンはこれと同じように、「寒冷、運動、出血、低酸素、低血糖のような事象が、ホメオスタシス(恒常性)(*)を乱し、歪み(strain)を生じさせる」と述べています。

(*)ホメオスタシス(Homeostasis)とは、「外の環境が変化しても、身体は内 部環境を一定に維持しようとする生体の動き(機能)」を意味します。Homeoが「同じ」、Stasisが「安定」という意味のギリシャ語からきています。

  • 参考文献:Cannon WB『Stresses and strains of homeostasis.』The American Journal of Medical Science, 189:1-14, 1935

2.ストレスを受けた時の身体の応答

現代では、「ストレス」が原因により、多くの疾患を引き起こすことが分かってきていますが、キャノンは「身体に何らかの外力や刺激が加わると、体液のホメオスタシスが歪み、その歪みが限界点以下であれば交感神経・副腎髄質系の機能(緊急反応)により、ホメオスタシス(恒常性)は回復するが、限界点を超えてしまった場合は、死に至る」と述べています。

例えば、真冬の寒い日に、暖かい部屋から外に出る(寒冷曝露)と最初は寒く感じますが、ある程度時間が経つと徐々に身体が寒さに慣れてきます。これが我々に備わっている恒常性(ホメオスタシス)機能の一つなのですが、一方で、恒常性機能が及ばないほどの条件下(例えば極寒の冬山での遭難等)では限界点を越えてしまい、凍死に至ることもあります。

また、キャノンは、感情的な興奮や苦痛、恐怖、怒りが身体に及ぼす変化について研究し、そのような状態の時には、前述の交感神経-副腎髄質系が活性化されることを示しています。例えば、犬に吠えられた猫は胃腸運動が止まり、消化液の分泌量が低下する一方で、心拍、血圧、血糖値は上昇し、瞳孔が開くといった応答が起こります。

人間の場合でも、山中でいきなり熊に出くわした場合等には、前述の猫と同じような反応が起こります。このような

緊急時に、人間は「戦うか逃げるか」といった状況に追い込まれるため、緊急反応として瞳孔が開き、心拍や血圧が上昇します。つまり緊急時には、心拍や血圧を上昇させ、緊急事態に対処できるように身体が反応するのです。

想定外の出来事が起こった時や、暗闇からいきなり人が飛び出してきた時に息が上がり、心臓がドキドキしたりするのは体内で交感神経-副腎髄質系が活性化しているからです。

一方、副腎皮質ホルモンは、前述の通り、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)により分泌・調節されているホルモンです。分泌経路は、まず脳の視床下部から「副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)」というホルモンが分泌され、続いて脳下垂体前葉から「副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)」が分泌されることにより、副腎から「副腎皮質ホルモン」が分泌されるといった流れになります。

「副腎皮質ホルモン」は、副腎皮質より産生されるホルモンの総称で、炎症の制御、糖質代謝、タンパク質の異化、免疫反応など様々な機能を有しているホルモンで、人が生きていくうえで非常に重要な役割を担っているホルモンです。興味深いことに、このホルモンは人の生命維持において非常に重要な役割を担っているホルモンであるにも関わらず、過度に分泌されると人体に害を及ぼしてしまいます。

また、このホルモンは炎症抑制効果が非常に高いため、医療の世界では合成副腎皮質ホルモン製剤(副腎皮質ステロイド)が作られ、脳腫瘍から皮膚病まで、さまざまな病気の治療に使用されています。有名なものに、プレドニゾロン等の薬剤があります。

さて、ここでステロイドという言葉が出てきましたが、混同しないでほしいのは、「副腎皮質ステロイド」は、筋肉増強目的で使用される「アナボリックステロイド」とは別物であるということです。「副腎皮質ステロイド」はタンパク質を分解してエネルギーに変換する働き(異化作用)があるので、筋肉を付けなければならないアスリートからするとむしろマイナス作用があるホルモンです。

これは、余談ですが、何らかの疾病によりやむを得ず副腎皮質ステロイド薬を使用しなければならなくなった際(特に経口摂取)には、かならず医師の指示を守って使用することが重要です。このホルモン製剤は強力な抗炎症作用がある反面、多くの副作用があり、特に長期間服用が必要な場合は、自らの副腎における同ホルモンの分泌低下(ホメオスタシスにより体内では常に一定量のホルモンを維持しようするため)が起こっているため、急に服用を中止すると、重篤な副作用を引き起こす可能性があるからです。

  • 参考文献:Cannon WB『Stresses and strains of homeostasis.』The American Journal of Medical Science, 189:1-14, 1935

3.汎適応症候群

汎適応症候群とはストレスの度合いによって以下に述べるように警告期(alarm reaction)、抵抗期(stage of resistance)、疲はい期(stage of exhaustion)の3つの段階に分類されます。

警告期

ストレスに対する初期段階で、副腎皮質ホルモンの働きにより、苦痛・不安・緊張等を緩和させストレスに適応するための反応が起こります。

抵抗期

ストレス物質とストレス耐性(抵抗力)が拮抗している状態で、この状態は非常に多くのエネルギーを使用します。身体的にはストレス物質に対し、なんとか持ちこたえようと頑張っている時なので、この段階でバランスが崩れてしまうと次の疲はい期に移行してしまうことになります。

疲はい期

ストレスに耐えられなくなって身体の抵抗力や免疫が落ち、いわゆるバーンアウト(燃え尽き)症候群に陥ってしまいます。

この段階に来るとメンタル的には「もうどうでもいい」という状態になり、身体的には何らかの疾患に罹患する可能性が高くなります。スポーツに置き換えると、この最後の段階がオーバートレーニング状態ということになります。

このため、最後の疲はい期に来る前にうまくストレスを解消し、身体を回復させることがとても重要になります。

レクリエーションでスポーツを楽しんでいる人がこの段階までくることはあまり考えられませんが、勝負の世界にいるアスリートは試合に向けて精神力と肉体の両方を極限まで追い込んでトレーニングするため、ややもするとオーバートレーニングに陥りがちになります。一見、頑健そうなアスリートが実は一般人よりも風邪をひきやすかったりするのは、日ごろからオーバートレーニングになる一歩手前まで追い込んでトレーニングをしているからです。

身体は正直です。気持ちでは大丈夫だと思っても、身体は何かしらのサインを出しているので、そのサインを見逃さないようにしたいですね。

まとめ

人が社会生活を送るうえで、ストレスフリーで生きていくことはできません。冒頭にも述べたようにストレス物質に対して、どう受け止めるか(ストレスと感じるか否か)によって、それがEustressになったり、Distressにもなったりします。つまり、ストレス物質をどう捉えるかがとても重要になります。

また、我々にはホメオスタシスという恒常性機能があり、外部から刺激(ストレス)を受けても形状記憶合金のように元に戻ろうとする性質があります。ただし、その刺激が強すぎたり、受けた刺激をうまく緩衝できずにいたりすると、いずれは身体が悲鳴を上げ、ダウンしてしまいます。そうなると、回復するまでに非常に多くの時間を要するので、そうなる前に自分なりの対処法を確立しておくとよいでしょう。

ライタープロフィール

特定非営利活動法人 NSCAジャパン
ヒューマンパフォーマンスセンター マネージャー
木須 久智 (きす ひさとも)

筑波大学大学院体育研究科修了、専門は運動生化学。「レジスタンス運動における内分泌応答と眼圧の関係について研究を行う」。修了後は医療福祉系専門学校の非常勤講師およびフリーランスのパーソナルトレーナーとして活動。2009年4月にNSCAジャパン事務局に入局、同事務局では試験、会員管理、広報等、各部署を担当し、2017年4月からNSCAジャパンヒューマンパフォーマンスセンターの施設長を務める。
資格:CSCS, NSCA-CPT
一言:筋トレを通じて健全なココロとカラダを手に入れましょう!

トレーナープロフィール

特定非営利活動法人 NSCAジャパン
ヒューマンパフォーマンスセンター ディレクター
ヘッドS&Cコーチ
吉田 直人 (よしだ なおと)

中央大学経済学部卒業後、一度は金融業に就職するも、トレーナーの道を選ぶ。ウイダートレーニングラボヘッドS&Cコーチとして、育成年代からプロ選手まであらゆる競技のアスリートを指導したほか、ビーチバレーの草野選手や、ミス・ユニバース・ジャパンのモデルらの身体作りにも従事。その後、ジャパンラグビートップリーグHonda HEATヘッドS&Cコーチとして5年間従事し、2017年4月よりNSCAジャパンヒューマンパフォーマンセンターヘッドS&Cコーチを務める。
資格:CSCS,NSCA-CPT

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