会社員をしながら世界チャンピオンになった男。
木村悠さんにインタビュー【後編】

商社マンとプロボクサーという二足のわらじを見事に両立した、第35代WBC世界ライトフライ級チャンピオン・木村悠さん。絶対不利という周囲の予想を覆し、大逆転で勝ち取った世界チャンピオンは、なぜ商社マンとプロボクサーというダブルキャリアを歩むことになったのか。また、引退後に描く未来のビジョンについてもインタビューしました。
【中編】では、「仕事がボクシングに与えた影響」について伺いましたが、【後編】では「引退後に描く未来のビジョン」についてお話しいただきました。

ダブルキャリアに励んでいる方へ伝えたいこと

- アスリートが現役引退後に競技で得た経験を活かせない方が多いのですか?

自分の場合は、ボクシングをしながら会社員も経験し、社会の常識を知ることができました。でも、基本的にアスリートがセカンドキャリアに踏み出そうとする時って、そういった社会の常識を知らないまま、仕事に取り組もうとしてしまうことがほとんどだと思います。競技をしている時と同じ感覚のまま、全く違う分野に取り組んでしまう。それが、充実したセカンドキャリアを送れない原因だと思っています。新しい世界に飛び込むのであれば、その分野のルールを一から学ぶ必要があると思うんですよね。自分が新しく身を置く分野のルールを徹底的に学び直すことで、うまくいくようになると思います。

- チャンピオンになっても、なぜ仕事を続けていたのですか?

もちろん色々な選択肢が頭をよぎりましたが、チャンピオンになったから仕事を辞めようとは思わなかったですね。試行錯誤しながら自分に合うリズムを確立して、チャンピオンになれたので、そのリズムを崩したくなかったですし、これからも今までのスタイルを貫こうと思っています。

自分の生活も安定させながら競技を続けられるのがベスト

- ボクシング界はまだまだバイトとの兼業選手が多いのですか?

9割ほどはバイトとの兼業選手でしょうね。ボクシングを続けていくには、会社員で働くのが難しいと思い込んでいる人が多いので、バイトとの兼業選手が多いんだと思います。ボクサーが他の仕事とボクシングを平行して成功したケースが少ないことが原因でしょうね。ボクサーに限らず様々な競技のアスリートたちは、「競技にとにかく時間を割くこと」が正解だという考えを持っているんですよ。自分のキャリアのマネジメントや、将来設計など、今後自分は何をするべきなのか、引退後を見据えてきちんと考えていく必要があると思います。

- 木村さんが成功例になれればいいですよね。

現役時代の成績としては、チャンピオンになれたことである程度、仕事と競技を両立する姿のゴールを作ることができました。しかし大切なのは、自分がこれからも活躍することだと思っています。成功例となって、現役のボクサーたちや夢を持っている人たちにも、こんなふうに競技が続けられるんだよという姿を見せたいですね。

自分の将来を客観的に見ることで次のステージに進めた

- 世界チャンピオンになった時ってどんな気持ちだったんですか?

それ、よく聞かれるんです(笑)。でも、実際は言葉にならない感情なんですよね。「信じられない!」っていう気持ち。相手もすごく強くて勝てるはずないと言われていたので、自分の自信になりました。世界チャンピオンになったことがきっかけで、これからどんなことにチャレンジしても、できないことなんてないんじゃないかと思いましたよ。

- 防衛戦に敗れたタイミングで引退を決意した理由は何だったんですか?

ボクシングで得られるものは、もう全て得られたんじゃないかなと思ったんです。そこで自分の将来について考えた時に、そろそろ次のステージに進んでみたいなと思いましたね。自分の中では、世界チャンピオンになれたということが究極のゴールだったので、それを活かして次に何ができるのかということを考えました。

- 同じタイミングで会社も辞められたということですが、そこにも何か考えがあったのですか?

こういう言い方をすると語弊があるかもしれませんが、ボクシングのために仕事を始めたということもあって、ボクシングを引退するにあたり仕事も転職しようと考えました。8年間勤めてきた営業職でしたが、ボクシングを引退することをきっかけに、仕事の面においても次のステップに進みたいなと思ったんです。そのタイミングで、他の企業から声をかけていただいたということも転職のきっかけとなりました。

アスリートが活躍できる場をどんどん広げていきたい

- 新しい仕事はどのような業務内容なんですか?

ヘルスケアのベンチャー企業で、アスリートがキャリアアップしていくための支援を行う責任者のポジションでオファーをいただきました。そういう仕事ならば、自分の経験を活かすことができるんじゃないかと思ったのでオファーを受けることにしたんです。自分自身も新しいことにチャレンジしながら、「こんなこともできる、あんなこともできる」と、現役アスリートたちに新しい働き方を提供していきたいと考えています。

- 新しい選手の育成などはされないのですか?

教えたい気持ちもありますよ。ジムや大学に顔を出したりもしています。子どものスクールをやっても面白いかなと思っていますね。ボクシングは、フィジカル面だけでなくメンタルの強さが求められるスポーツ。どれだけ強い選手でもリングに立つ時は、「負けたらどうしよう」「パンチが入らなかったらどうしよう」など、不安で逃げ出したくなるものなんですよ。でもそういう弱さに打ち勝つには、それに打ち勝つメンタルの強さを持っていないといけない。なので、「自分をどのようにコントロールするのか」など精神性からもアプローチをかけて、社会人や経営者向けのプログラムを企画しても面白いなと思っています。

- これからどんなことができるのか楽しみですね。

ある意味新規事業の立ち上げになるので、これをやらなきゃいけないっていうのはないと思うんです。自由にできるからこそ、自分の力だけでできることって限られていると思うので、みんなで協力しながらスポーツ界全体を盛り上げていきたいと思っています。

(2017年6月6日)

プロフィール

木村 悠

1983年11月23日生まれ。千葉県千葉市出身。
第35代WBC世界ライトフライ級チャンピオン。
2016年4月に現役を引退し、現在は株式会社FiNCにてヘルスケアソリューション兼アスリートサポート室長としてアスリートの活動支援を行っている。

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